第56話

「好きになった人と付き合うって幸せだけなのかな…」

「あら、どうしたの?何かあった?」

「いや、そんなに大した話じゃないんだけどね。僕、エレンと付き合うことになったんだ」

「二人って付き合っているものだと、てっきり…」

「僕かエレンに万が一の事があったとき、お互いどちらかが悲しむ。僕自身の経験と重ねて考えた時に、あの二度と起き上がれないような深く沈んでいく感覚を味わわせたくない、エレンが悲しむようなことがあってはならないって思いから付き合わなかったんだ。でも、今日二人で一緒に過ごした時間が僕の考えは変わったんだ」


二人が付き合うかどうかは玲の考え次第のところもあり、曖昧な関係は玲の考えを変えたエレンの行動によって終止符が打たれた。


ただ、長年抱いてきた持論のようなものは簡単には拭えず、心のどこかに引っ掛かるようにある。「幸福への責任」という形で。


「確かに誰か大切な人が亡くなるのは悲しいこと。それは玲君も身をもって分かっているはず。でも、その亡くなっていった大切な人が残していくものは悲しさだけじゃないわ」


目線を家族が写る写真へ向ける百合。


「家族みんなが残していった思い出、その瞬間瞬間に感じた幸せ。それは玲君が誰よりも受け止めてきた宝物。そんな宝物を、今度は玲君がエレンさんに与える番になったってこと。その役割を果たすための心の準備が、玲君の中で出来上がったの」


カップに注がれたレモンティーを一口飲んで、百合は続ける。


「あとね、確かに玲君の考えは大切な人のために…というのは痛いほど伝わってくるわ。それはエレンさんも同じだと思う。でも、幸せって、受け取って与えて、また受け取って与えて…と延々と繰り返していくもの」

「でも、お父さんもお母さんも、姉さんも…いつも僕を幸せにし続けてくれたよ?」

「確かに、みんな玲君を大事にしていたし、いつも幸せを感じられるようにしてくれていたのは事実だと思う。でもね…玲君が気付かないうちに、みんなも玲君から幸せを受け取っていたんだよ」

「えっ…?」

「玲君のいないときに電話とかで話していた時も、必ず玲君の話が出てくる。類さんも真希も亜希さんも、みんな楽しげに話しているのを思い出すわ…」


何気ない仕草、何気ない時間。でも、そこにいるだけで心が温かくなる。肉体と心で生きる人という生き物は、その心で様々なことを感じている。


「幸せって常に与え続けなきゃいけないものでもないし、受け取らなくなったから幸せを感じなくなるなんて事もない。大丈夫。玲君は、もっと自然体でも幸せを作り上げられるから」


瞬間的に悲しみが心を埋めることもある。ただ、人生という長いスパンで心を俯瞰した時、きっと幸福の色がどこまでも広がっているはず。

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