第54話

「どうして…このボールペンを?」

「前に玲の家に行ったとき、偶然同じボールペンが目に留まったの。なんでこの壊れたボールペンを捨てずに持っているんだろうって疑問に思っていたんだけど、壊れていながらも捨てずに持ち続けているっていうことは何か意味があるんじゃないかなって」


玲が手にしたボールペンは、亜希が亡くなった際に玲の誕生日のために買ったボールペンと同じものであった。亜希を轢いた車は、そのときに玲のために買ったプレゼントを踏んでいったため壊れてしまっており、使い物にならない状態になっていた。


「うん…エレンの言う通りだよ。このボールペンは、姉さんからの最後のプレゼントだった。僕の誕生日のために買ってくれたもの。どんな状態になろうとも捨てられない特別な一本」

「わたしからのプレゼント、玲に買ってあげるね」

「えっ?でも、今日って誕生日でもなんでもないよ?」

「気にしない気にしない!」


エレンに言われるがまま、思い出の品が新品の状態として玲の物に。


「はい、どうぞ」

「ありがとう…。こんな形だったんだね」


あの日、亜希が車に轢かれるなんて運命が無ければ、この状態のボールペンを手にしていたのだろう。8年越しの出会いは、エレンによって現実となった。


「エレン、やっぱり君は凄いよ。いつも僕を驚かせて喜ばせて…ずっと心を支えてくれて」

「わたしは、辛い思いをしてきた玲が少しでも笑顔になれる瞬間が作れればって思っているだけ」

「僕は…幸せ者だ」


色々な感情が沸き上がる玲。その目にはうっすら涙が滲む。


---


二人はその店を後にし、近くのカフェに寄ることにした。エレンは現在中高生を中心にブームとなっているオリジナルチョコレートを使ったドリンクを、玲はアイスティーを注文し席へ。


「前にね、このドリンクの話で盛り上がって一度来たかったんだ!」


そんな他愛無い話のあとに、ふと玲が口にする。


「エレン…あのね」


美味しそうにドリンクを飲むエレンだったが、その言葉にストローから口を離す。


「どうしたの?」

「ずっとエレンは僕のことを思って行動し続けてきた。でも、僕はエレンの思いに全て応えきれていなかったと思うんだ」

「そんなことないと思うよ。玲だって、わたしのことを思って動いてきてくれた」

「でも、エレンからの「付き合う」って話には応えていなかった」

「ま、まあそれはそうだけど…」


何年越しだろう、ようやく玲はエレンにこれまで付き合えなかった理由を明かすことにした。


「前々からエレンは付き合う話をしていたけど、僕はどうしても一歩深く踏み込めなかったんだ。それは、僕自身が大切な人を失う悲しみを知っていたから。いつか、僕がエレンに誰かが亡くなった時の話をしたとき、エレンは泣くほどに悲しみを感じていた。大切な人を失うって、それだけ心に深く傷を残すから」


アイスティーを一口飲んで、話を続ける。


「ずっと曖昧な返答でのらりくらりしてきたけど、もしものことが自分かエレンにあったら…と思うと辛かった。今の関係でも亡くなってしまったら辛いけど、彼氏彼女という関係になってしまったら一層辛さが増してしまう。僕が悲しみを感じるのは百歩譲って良いとして、エレンに感じさせるのは…。だったら、一人のままで良いって思ってきた」


そう言いながら、さっきエレンに買ってもらったボールペンを手にして


「でも、誰かと付き合うって悲しみだけじゃない。そのことに気づいていたはずなのに、悲しみにばかり目が行って、エレンの言葉に応えず今日まで来てしまった。こうしてエレンと一緒にいることで感じられる喜びとか、何度となく知ってきたはずなのにね…」


玲がボールペンからエレンに視線を移すと、そこには頬を伝う涙を拭うエレンの姿が。


「やっと気付いてくれた。そう、誰かと一緒にいることで生まれるものは悲しみだけじゃないの。温かい気持ちになったり笑顔になったり…そんな瞬間もいっぱい作れる。玲なら気付いてくれると信じて今日まで待っていたけど、待ってて良かったよ」

「エレン、今日までありがとう…」


これまで一人ひとりの時計がそれぞれ回っていたが、この瞬間から二人の時計が回り出した。

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