第37話
真希は、まだ小学校の卒業も幼稚園の卒園も果たしていない子どもたちに向けて母親としての役目を全て終えていないことへの責任と残り僅かと悟った時間という板挟みの中で出した結論が、限界まで母親としての姿勢を保つことにあった。ただ、時間を追うごとに誤魔化しは出来なくなっていき、亜希には気づかれ最期は道半ばで亡くなっていった。
「遺影としては十分ですけど、思い出の一つと見ると寂しさといいますか…そんな表情には見えますよね」
「そうね…さすがに死期を悟った上での顔ですものね」
「そんな中で、最期まで誰かのために生き抜いた真希は本当に強かった。これほどの強さを持つ人を、俺は今後出会うことは無いと思います」
「わたしも母親として、娘がこんなにも強い女性に成長したとは思っていなかったわ。小さい頃から母子家庭、本来の家庭とは異なる環境の中でも真っ直ぐには育ってくれたけど、その過程でわたしにも知らない経験を重ねていたのかもね」
「俺自身の人生、多くの過ちもありましたけど、真希と出会って彼女を愛したという選択肢を選んだことは間違いなく正しかったと胸を張って言えます」
真希の映る写真を眺めながら百合と類は思い出話も兼ねながら話している。
そんな中、悲しみに暮れた表情で写真眺めていた玲が直感的に見つけた一枚。
「お父さん、これはどう?」
その一枚は、海辺で撮られた写真であった。西日が沈んでいく空の移ろいを眺めている真希が映っている。
「この写真、なんかネットとかで見るような女の人みたい」
その表情は、母親というよりは一人の女性としての真希の姿であったと玲は思ったのだろうか。
「この写真…玲は覚えていないけどな、俺たちは前に海へ行ったことがあったんだよ。その時に日が沈んでいく景色を見て、お母さんも一緒に映したら似合うんじゃないかって撮ったものなんだ」
その写真は斜め左からの画角で、オレンジが真希を照らしている。
大げさな表情ではなく、優しく微笑んだような真希の顔。見方によっては母性溢れる母親としての顔にも見えなくもないが、玲は直感的に「母」としてではなく「女性」として見えた。
「玲くん…実は、その写真を見た時、わたしも同じことを思ったの。「わぁ、お母さんってこんなに綺麗で美しい人だったんだ」って。もちろん、綺麗な人ってことは前々から思っていたんだけどね」
それは言い替えると、母親という一つのヴェールを脱いだ、ありのままの真希という考えでもある。遺影として、母親としての姿ではなく星井真希という一人の女性としても生きていた証を。
玲が直感的に思ったことは、どうやら姉である亜希も同じであったようだ。きょうだい揃って母に対して抱いた直感。この世にたった二人しかいない真希の子どもたちの直感をもとに、遺影はこの海辺で撮られた写真にすることにした。
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