第30話
真希に起きている状況を説明するにあたり、言葉を考える。「死ぬかもしれない」という事実を、どれだけオブラートに包むべきなのか。
真希のところへ戻った類。すると、先ほどまで明らかに不安そうであった玲が、どことなく元気を戻しているようにも見える。
「玲、何かあったのか?」
「いや、何もないよ。何もないけど、僕は男の子だから強くなきゃいけないし元気も与えられなきゃいけないでしょ。だから何か出来ることが無いかなって。体は小さいけど、お母さんに元気を分けられるように、まず僕が元気にならないと…」
「そうか…玲は偉いな」
もうじき5歳を迎え、また一つ年を重ねるであろう玲の成長。「この年ながら、この局面でこんなことを思えるのか」と類は純粋に感心した。
とはいえ、その姿は結局のところ演技でしかなく内心は不安で仕方ないはずだ。そこに訪れるかもしれない残酷な現実を突き付けて玲は平静を保てるのか。
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しばらくすると真希の容態は少し良くなったようで、家族一同胸を撫で下ろす思いであった。しかし、余談は許さない状況であることには変わりなく、病院への泊まり込みも考えなければならない。何の準備もせずに病院に来てしまったため、一度自宅に戻る必要がある。
「わたしたちは、一回自宅に戻ります。もし何かありましたら、ご連絡お願いいたします」
類は自分の携帯電話の番号を教え、病院を後にした。
その車内での話。
「お母さんは元気になるの?」
玲が単刀直入に切り込む。
「その話だけど、あとで状況も含めて話す。その時、亜希も心して聞いてほしい」
待ち受けるのが、車外を叩く通り雨のような悲劇なのか。
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自宅に戻ると、テーブルには冷めてしまったハンバーグがビニール袋に入ったまま置いてある。悠長に食事など出来る状況ではなかったため、そのまま置いて家を飛び出した。
「亜希、玲。お母さんについて聞いてほしい。今回倒れたのは、単に疲れが溜まったというものではない。亜希はお母さんの体調が悪いことを知ってたらしいが、あの話には続きがある」
緊張する亜希と玲。
「さっき医師から話を受けたが、今のお母さんは極めて危険な状態だ。今さら隠しても仕方ないから、ここで正直に言っておく」
その言葉がもたらすショックは甚大であった。
玲はもちろん、薄々頭には万一の事があった亜希でも、実際に言葉として告げられた事実を表情一つ変えずに受け止める事は出来なかったようだ。
「俺自身、オブラートに包むべきなのか考えた。しかし、明らかに危険な状態にある現状を目の前にして薄っぺらな嘘は意味がない」
苦悩もあったことを合わせて口にする類は、そこからもう一つ2人へ伝えていく。
「でもな、今お母さんは懸命に病気と闘っている。まだ終わった訳じゃない。俺たちが出来ることは、寄り添ってあげること。少しでも力を与えることだ。玲、さっき「自分が元気にならないと」って言っていたな。それは凄く大事なこと。俺は感心していたんだ。」
「僕が元気でいれば、お母さんは元気になるの?」
「お母さんは元気になるための力を手に入れられる。それは間違いない」
「玲くん、一緒にお母さんを元気にさせられるように頑張ろうね」
直接的に命を救えるわけではなく、だからこそ心と体で生きる人を相手に「心」だけでも支えになりたいという共通の認識。
人という生き物は不思議なもので、心の変化によって体も共に変わっていくところがある。その可能性に3人は賭けるしかない。
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