第29話
救急外来の一室に真希は横になっていた。これから検査等を行い、詳細な状態が明らかになっていく。今はまだ眠ったような状態で、点滴を打っている。
「俺、真希のために夫として何も出来ていなかった。あの頃、海外へ行くという判断を下したのは誤りだったのだろう。真希は電話でも「わたしが後押ししたから」って言ってくれたけど、最終的な判断は俺が下したものだ。夫として失格だな…」
類は強い罪悪感と夫として果たすべき役割を果たせずに自分自身に没頭した時間への後悔や申し訳なさを痛感していた。
亜希と玲が、真希の傍をぴったりと寄り添っている。玲の頭を撫でながら、亜希は自分自身の平静を保つことと真希の状態への心配という二つの事でパンクしそうな状況であった。
すると、類が医師に呼ばれて別室へ歩いていった。
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「来週から検査入院をされるという話は聞いておりますが…」
「その話を妻から聞きまして。ただ、今回検査はされたかと思いますが、どうでしょうか?」
その医師は表情を変え、険しい面持ちで類を見る。
「落ち着いて聞いてください。所見ではありますが、奥様は非常に危険な状態にあります。これまで通院しなかったことが不思議なぐらいで、普通の方なら、日常を満足に送る事すら難しいかと思います」
「えっ?」
「今すぐの入院が必要です。検査結果が出ないため明確な診断は出来ませんが、白血病の疑いがあります」
真希が生死を彷徨うほどに危険な状況という事実に困惑する類。つい数時間前には自分を迎えに空港へ来てくれた妻が、そのような状態に陥っていたとは。
極限状態の中、それでもそんな素振りを見せること無く変わらない姿で…いや厳密に言えば痩せた姿ではあったが、元気そうに子どもたちと一緒に手を振ってくれたはずなのに。
「分かりました。よろしくお願いいたします。何としても妻を…」
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この現実を、子どもたちにどう伝えるべきか。単なる風邪とかであれば、それほど抵抗無く話せる。ただ、生き死に関わるほどに重要な話となると意味が違う。
とりあえず、真希の母…つまり百合へ連絡を入れることにした。真希の状態に関すること、そして子どもたちへの伝え方の何かアドバイスがあればと。
「ご無沙汰しております」
「久し振りね。どうしたの?」
「真希について、何か聞いていますか?」
「真希…?いや、特に何も聞いてないわ」
どうやら真希は、百合にすら話をしていなかったらしい。類同様、当時の百合は海外を飛び回っていた時期でもあり、心配は掛けられないという思いが ほぼ間違いなくあったのだろう。
「そうでしたか…。お義母様、これから話すことですが、落ち着いて聞いてください」
明らかに何か不穏な出来事があったことを示すかのような前置きに、百合も緊張する。
「え、えぇ…何かあった?」
「今、病院にいるのですが、真希の状態が非常に危険であると先ほど医師から伝えられました。白血病の疑いがあると。白血病については精密な検査のうえで明らかになるそうですが、内臓の状態など総合的に見ても危ういと…」
突然告げられた娘の危篤状態。それでも落ち着いて対応する百合の精神力は、さすがに世界的インフルエンサーゆえなのか。
「わかったわ。すぐに帰国の手配を取るわ。何か変化があれば、いつでも連絡してくれるかしら?」
「分かりました。必要に応じて連絡させていただきます。遠方から大変かと思いますが、くれぐれもお気をつけて」
まずは真希の容態について説明した類。次に話す内容は子どもたちへの伝え方だ。
「あと一つ、子どもたちへ今の真希に関してどう伝えるべきか相談があるのですが」
「今、子どもたちは病院にいるの?」
「ええ。もともと自宅で真希が倒れたことを亜希が僕へ伝えてくれたので、そこから車で病院に向かって。今は真希の傍に2人はいます」
「そうね…。真希が倒れたという状況は2人とも知ってるわけで、もしもの事がある前に心構えとして伝えておくべきだと思うわ。もちろん、子どもたちも小さいし残酷な現実を受け入れられるか難しいのは百も承知ではあるけど…。どんな言葉を使うかは任せるわ。あなたの言葉なら大丈夫よ」
正直にありのままを伝える。その上で伝え方は任せる、といった内容に
「ありがとうございます。アドバイス通り、正直に伝えます」
と類は答えた。
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