第18話
天才という言葉は、生まれつき備わったすぐれた才能やそういう才能をもっている人を意味する。その才能が勉学なのかスポーツなのか、あるいは芸術か。どの分野にどれだけの才能が振り分けられるかは、遺伝レベルの話であり自分自身の意思だけで決められる品物ではない。
天才的な子どもに対しては、神童といった言葉で形容されるケースもある。亜希は、そんな言葉を小さい頃から浴びるように受け続けてきた。
「亜希ちゃんは神童ね」
「亜希ちゃんは、天才なんじゃないかしら」
そんな言葉が真希の知り合った親の間で繰り広げられていた。
ただ、そういった言葉は直接関係しない周囲の人だから言える言葉であって、意外と自分が親という立場となると素直に「自分の子どもは天才なんだ」と簡単に咀嚼することは真希にとって難しい着地であった。
確かに亜希が周囲の子どもとは明らかに何かが違うという認識を真希も抱いていたとはいえ、変に「天才」という言葉を鵜呑みにしてしまうようでは、いつか大きな落とし穴に落ちるのではないかという強い懸念を思っていた。
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海外から一時帰国した類に、そんな話を持ち出したことがった。過去にメッセージや電話で同様の内容に関するやり取りをしたことがあったとはいえ、やはり面と向かって話すのとツールを介した会話では身の入り方が違う。
「仮に天才だとしても、変に「天才」という意識を持ち過ぎるべきではないんじゃないかな。俺らは子育ての経験も無いわけだから最短距離で最善策へ辿り着けることは難しいと思う。だからこそ、変に混乱するような要素は排除しなきゃならないと俺は思っている」
類なりの考えを述べると、真希も応えるように考えを述べ始める。
「わたしたちは、親という立場でもあるけど教育者という立場でもあるものね。その教育者が狼狽しては、亜希を正しく導くことは出来ない。未知の事ばかりだけど、泰然自若として亜希に不安を抱かせないようにしなきゃいけない」
その言葉を受けて、納得するように頷く類。
「俺らが大事にしなきゃならないことは、前に真希がお母様から言われたように愛情で包むこと。そして、亜希の人としての特徴を正確に捉えること。そこに「天才」なんて色眼鏡を持ち出しては、さっき言ったように混乱するし何より亜希を見つけられなくなる」
教育者として、親として…我が子のことを誤って把握してしまうと、時間を追うごとに軌道修正が困難になってしまう。
亜希への愛情を注ぐことは大前提。その上で亜希という人物が、どういった性格であるのか。どういった思考の持ち主なのか等…「天才」「神童」という言葉に影響を受けず、身体的な部分から内面的な部分から、可能な限りフラットな目線で理解することが今果たすべき役目であるのだと、類と真希は一応の結論に至った。
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その後、類は真希と語った言葉を胸に亜希と自分が直接触れ合える時間の中で、出来うる範囲で親として過ごすべき時間を過ごしていったのち、再び海外へ飛び立った。
真希は真希でノートに亜希について、気づいたことなどを些細なことであろうともメモを取り続けていた。しかし、書けども書けども欠点というものがノートのページに刻まれることが無い。
色眼鏡なんて用いていない、あくまでもフラットに亜希を見続けてきたつもりであったが、ここまで何も無いとなると、無意識のうちに我が子に偏った目線を向けているのではないかと不安があった。
そのため、時おり類や百合、あるいは自身を育ててくれた第二の親ともいえる親戚にも連絡を取って相談することも。
「真希が意識して正確に捉えようと心掛けているなら大丈夫」
みんなの意見は共通したものであったので、その言葉を信じて真希は引き続き亜希を育てていった。
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やがて真希には第二子を宿すことになるわけだが、それは未来の玲であった。
亜希は順調に育ち、4歳ながら妊娠中である真希を心配することもしばしば。
何一つ文句も言わず、自身の能力を引き上げながら真希に献身的なサポートする亜希を「本当に凄いわ…」と、我が子ということだけではなく一人の人として感銘を受ける真希。
芸術が秀でている、スポーツが抜きん出ている…そういった特定の分野で卓越した人というのは世の中にはいるが、学力やスポーツのみならず人間力のような分野までも隙が無いという人物は極めて稀有な存在であろう。
「お母さんは、たしかに品が合って優しくて気配りも出来て…たしかに血筋を考えれば雰囲気が似たりすることはあるんだろうけど、どうしてこんなに大人なの…?」
4歳の我が子を相手に、心の隅で亜希の内面的な部分は母親である百合と重なる気もしていたが。
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幼稚園に入る頃には、数学は中学レベルにまで到達し、漢字は常用漢字レベルまで理解を深めた。英語に至っては海外のドラマやニュースを理解出来るほどのレベルに達しており、すでにバイリンガルと呼んで差し支えない状況であった。
過去に類と至った結論をもとに、能力を伸ばすために親として必要な努力はしつつも色眼鏡を掛けずに亜希とは向かってきたものの、ここまでの成長曲線を前にすると一般的な教育という枠に収めることはマイナスに働くリスクがあるのではという危惧はあった。
そのため、亜希の卓越した能力を伸ばし続ける環境を作るのが得策という考えは当然あったが、単に学力的な能力を引き上げることだけに特化した教育では他者との交流という機会が足りず人としてのバランスで言えば歪なものとなる。
そこで、再度帰国した類と一緒に、真希は今後の教育方針を考えることにした。
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