第14話

「この写真、僕は撮られた覚えがないくらい小さな頃のもので、2,3歳ぐらいの時だったかと。左が姉で、僕の後ろが父。姉の後ろが祖母と母になります」


百合は、玲から見て母方の祖母にあたる。


祖母から母に、そして亜希へ。


その佇まいや顔つきは紛れもなく血筋であると思うぐらいに重なるところがあり、まるで亜希の将来が一目で分かるかのような写真写りであると雫は思う。


一方の玲といえば、確かに男子ということもあり父の類に似たような雰囲気もあるにはあるが、姉の亜希同様に母方の影響を強く受けているように見えた。


「お母様を見たのは初めて…母親というよりも亜希や玲君の年の離れたお姉様みたい…」


玲や亜希の母である真希は、23歳の時に亜希を産み、そこから5年後に玲を産んだ。


玲ははっきり覚えていないものの、その写真は玲が2歳の時に撮ったものである。そのため、真希は29歳か30歳。年齢としては若いと言える部類ではないが、その見た目の若々しさは百合から譲り受けたものなのだろう。


「その言葉、懐かしいわ」


雫の呟きに、キッチンから紅茶の入ったカップを持ってリビングに戻ってきた百合が反応する。


「懐かしいとは…どういうことですか」

「昔ね、真希が中学生の頃だったかしら。街を二人で歩いていたら、偶然出くわした真希のクラスメイトに同じようなことを言われたの。それを思い出してね…」

「そうだったんですか。そんなに似ていたのですか?」

「この写真の真希と同じ年頃だった当時のわたし。自分で言うのもだけど、改めて写真を見ても本当によく似てる」


百合が写真立てに飾られた昔の写真を目を細めて眺めている。


「わたしね、真希を産んだのが17歳の時だったの。まだ高校も卒業していないときに真希が生まれた。さすがに早いでしょう。あの頃の自分自身にも、その思いはあったからね」


となると、真希が中学生の時に百合は30代前半。人によっては十分に若く見える年齢でもある。


当時の百合が放つ美貌と若さと10代中盤の真希の若さと僅かなあどけなさが、絶妙に親子というよりは姉妹のような印象を植え付けていたようだ。


「真希さんって、当時から雰囲気も似ていたのですか?」

「う~ん、雰囲気までは分からないわ。でも、真希には上品でいてほしかったから、色々と教えたことはあったわ。仕事柄海外に出向くことも多かったし、その土地での出会いから様々な経験を得られたし、その中で自分に落とし込んで真希に伝えて…」


国ごとに異なる文化、習慣、思考…百合が知り得た経験はブラッシュアップしてハイブリッドな形で真希へ受け継がれ、そしてそれは亜希へと継承されていったのだろう。


世界を飛び回る生活を続けていた百合は、なかなか娘である真希と会える時間が取れず、それだけに帰国した際は出来るだけ密度の濃い時間を過ごせるよう最大限努めていた。当時、真希は親戚の家に預けていたわけであったが、親戚は真希の大人ぶりに百合にはいつも褒めていたという。


「あれほどに出来上がった子どもは、そうそういない」と。


真希自身も親戚に預けられている身であるという自覚があり、それゆえ実家とは違って取り繕っていたところもあったかもしれない。しかし、小学生から中学生というセンシティブな年齢ということを考えると、相当に成熟した精神を作り上げていたのか…とも。


---


「とりあえず、腰掛けて。紅茶と洋菓子を持ってきたから。召し上がって」


百合が雫へ椅子に座るよう促す。


「ありがとうございます。いただきます」


「セイロン紅茶の女王」と呼ばれ、最高級品とされているディンブラ。


「最近ディンブラをよくいただくの。お口に合ったら嬉しいわ」


バラのような香りに、マイルドな味わいでありながら爽快感も持ち合わせるディンブラ。そんな香りが包み優しさのある紅茶に思わずリラックスする雫。


「凄く美味しいです…今までの中で一番かも…」

「あら、それは良かったわ」


雫の言葉に、にこやかに返す百合。


すると、縦に長い古時計が重低音を響かせながら4時を知らせる鐘を鳴らした。


---


「お気づきかと思いますが、今日ここへ来たのは亜希の前で改めて手を合わせたかったからです」

「うん、きっと喜んでくれるわ。親友が来てくれたのだから、亜希さんは「よく来たね」って歓迎しているはずよ」


玲が椅子から立ち上がって、雫を仏間へ誘う。


「仏壇は、こちらになります。ついてきてください」


リビングのお洒落で洋風な雰囲気とはガラりと変わって、畳の広がる和室に連れてこられた雫。その変わりように軽い驚きと、洋風にはない和風ならではの趣や奥行きを感じていた。


その一角に仏壇があり、右上には遺影が並んでいる。


白黒写真や絵画。先祖代々の遺影もある中で、端の方に亜希の写真があった。学校行事の際に撮られた笑顔で溢れた写真を遺影として使っており、遺影の亜希はいつ何時も笑っている。


あの頃の思い出がフラッシュバックしたのか、思わず涙が零れ落ちる雫。


目線を仏壇に向けて膝を折る。線香を立てて手を合わせる。9年越しに、ようやく面と向かって手を合わせられた雫。大学生になった自分の姿を、天国の亜希に見せる。


「亜希、久しぶりだね。わたし、こんなに大きくなったんだよ…見てる?」


仏壇の前で、雫は語りかけるように続ける。


「9年ね…。見た目なんて全然違うよね。環境とか何もかも変わったけど、亜希への思いは変わらなかった。もし亜希がいれば…って何度考えたことだろう。これまでの学生生活も、もっともっと思い出があったんだろうね。あの日のことも何度も考えた。本当に辛かった。なんで、あの店を勧めてしまったんだろうって」


俯きかけた雫だが、再び顔を上げて話を勧めた。


「でも、玲君の言葉で少し気持ちが楽になったんだ。なんか、こう後ろから支えてくれるような…包み込んでくれるような感覚、亜希が重なって見えたの。やっぱり、きょうだいね。ここへ来る前にテラスで玲君と話していた時、少しだけ亜希が事故に遭わなかった「if」の世界を見た気がしたわ」


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