第12話

雫が玲の言葉に頷いた後、顔を上げきらない角度のまま、


「そして、もう一つ後悔していることがあるんだ…」


と、話を進める。


「あの日、学校で亜希に相談を受けていたんだ。プレゼントを買うのにおすすめな店のことで」

「それが何かあったんですか?」

「もし違う店を勧めていれば、きっとあの事故に巻き込まれることはなかった。亜希は、普通に次の日も学校に来ていた…そう思うと胸が苦しくて…」


それは結果論に過ぎず、だからといって事故現場近くの店を勧めた雫が何か責任や非を感じる必要は無い。玲も一切責めるつもりは無い。


「偶然が最悪の形で重なったのは事実ですが、雫さんは姉さんの相談に乗ってくださって、その上で雫さんなりに姉さんを思っての答えを出しただけ。責任は、全て加害者である運転手にあるんです!」


珍しく語気を強めた玲は、すぐに冷静を取り戻し


「すみません…大きな声で…。でも、雫さんが、あの日のことで自分を責めたりすることは無いんです。むしろ、変に責任を感じられてしまう方が姉さんも辛いと思いますし。今までの雫さんのままでいられた方が、きっと天国で喜んでくれるはずです」


死者が現世を生きる人々に願うことは、ただ幸せに今まで通りに生きてほしいということなのだろうか。それを訊く術は無く彼らが何を願うのかは分からないものの、大きく外れてはいないだろう。


---


雫が誰よりも大粒の涙を流し続けていたのは、亜希の死への悲しみに加えて亜希の人生を終えるきっかけを与えてしまったという罪悪感も理由にあったのか。


「もしお時間がありましたら、これから自宅に来ませんか?…まあ自宅といっても祖母の家なんですけど」


朝は偶然の再会を果たした後に、とりあえず放課後に会うという簡単な約束だけしかしておらず、その後の動きや予定は何も考えていなかった。


「祖母?おばあちゃんの家に住んでるの?」


不思議そうに雫が言うと、


「そうですよ」


と、玲は一言返して、続けるように


「ここから祖母の家は離れているので、毎朝バスで通っているんです」


と、普段の登校手段についても補足した。


雫が不思議がるのは無理もない話で、もともと星井家はマンション住まいで玲が通う中学校から徒歩圏内で暮らしていた。そのため、


「たしか、この辺りに住んでいなかった?」


と疑問を投げ掛ける姿は、当然と言えば当然であった。


「そうですね。ただ、小学生の頃に祖母の家に預けられたんです。その時に、あの頃住んでいたマンションは離れました」


そう話しているうちに、バスが到着した。


色々な高校に通う高校生たちが賑わいを見せるバスの中、しばらく揺られながら最寄りのバス停までの時間を過ごす。


平坦な道から登り坂に入る前にほとんどの高校生がバスから降りた。乗っているのは玲と雫、あとは杖を持つ老人と高校生数人。


カーブを曲がりながら登っていく道のりに、雫は「どこに住んでいるんだろう」と思いながら窓越しの世界を見つめている。


玲にとっては見慣れた光景ではあるが、隣街を見下ろせるだけの高地ということで撮影スポットとしては、なかなかのロケーションと言えるだろう。


「間もなくバス停に着きます。そこから数分のところにあります」

「突然押し掛けることになったけど、大丈夫かな…?」

「僕の方で祖母には話をつけていますから大丈夫ですよ。心配なさらないでください」


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停車したバスから二人が降りる。日差しの差す方角に向かって歩いていると、大きな一軒家が現れた。その大きさに雫は驚きを隠せない。


「玲君…?ここ?」

「はい」

「凄い大きいしお洒落な家だね~」


雫が呆気に取られそうになる手前で玲が入り口へ導いていく。


玲が鍵を開けて玄関のドアを開けて「ただいま」と一言。


百合が「お帰りなさい」と言いながら玄関へ歩いてきた。


雫は、玲の祖母が世界的なファッションデザイナーである津川百合であることに気付き驚愕した。そして、それは亜希の祖母が百合ということにもなるわけで、亜希の高貴とも言えた独特な雰囲気を纏う理由が一気に理解した気がした。


「初めまして。亜希さんの小学生の頃に仲良くしてもらった天音雫と申します…」


恐る恐る簡潔に自己紹介を終えた雫であったが、有名人だった人を前に緊張のような浮遊感のような非現実的な感覚で、どうも落ち着けない。


「祖母の百合と申します。あなたのことは覚えているわ。お通夜の時にいらしたでしょう。亜希さんからお話も聞いたことあったし、会えて嬉しいわ」


嬉しいという言葉に、興奮を覚えるものの必死に平静を装って「ありがとうございます」と返すので精一杯な雫。


あれほど大人に見えた雫ですら落ち着きを失う素振りを見せるほどに百合という存在の凄味を、玲は一人感じている。

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