第10話
「玲君については、本日ご家族の都合でお休みとなっています」
それは、玲が小学1年生の頃。亜希の一周忌の関係で学校を休まなければならず、当時の担任がホームルームで口にした言葉。
亜希の一周忌ということは伏せて生徒には伝えられた。
玲自身も姉が亡くなったということを口にはしておらず、もしも事実を知って余計に気を遣わせるのは申し訳ないという思いがあったからだ。玲自身、学校ではなるべく平静を装っていた。
翌日、玲は何事も無かったように登校し、端から見れば自然な立ち振舞いを見せていた。
ただ、ふとエレンが視線を玲に向けると窓の向こう側を頬杖を付きながら物悲し気に見つめている玲の姿を目にしたことがあった。何かあったのでは、と直感的に感じるところが_____
「玲、どうしたの?」
「ん?いや、何もないよ!何かあった?」
「そう…何もないなら良いんだけど」
すると、ふと席を立った玲は、そのまま教室を出て行ってしまった。
いきなり教室を出るものなので、さすがに気になったエレンは友だちとの会話を「ごめんね」と一言遮って玲の後を追ったところ、行き着いたのは人気の少ない図書室に。
玲は端の方に座るやいなや、一人涙を流し始めた。
見たことのない玲の姿にエレンは驚きを隠せず、思わず声を掛けてしまった。
「大丈夫…?」
そんな姿を見せるつもりはなかった玲にとって、涙を流す姿を見られたことで焦燥感に駆られる。
「エ…エレン!?どうしてここに…」
「わたしが声を掛けた後、いきなり教室を出ていったから何か悪いことをしたのかなって…」
「そうだったんだ。心配しないで、何も悪いことはしてないから…!」
間違いなく自分の泣き顔は見られたはずで、正直に全て伝えるか嘘を纏って立ち回るか…。
玲の頭に巡る二つの選択肢。
たかが小学1年の頭で、この先ずっと嘘を貫けるとは思えないと考えた玲は、涙の理由をありのままエレンには伝えることにした。
「エレンには、お兄さんとかお姉さんっている?」
「わたしは妹が一人いるよ!とにかく、かわいいんだよ!」
「そうなんだね。じゃあ例えば、その妹と永遠に会えなくなったら…って思ったことはある?」
エレンは、若干青ざめたかのような顔で
「そんなの嫌だよ!」
先ほどとは異なり語気を強めて返した。玲は、その言葉を受け止めて話を続ける。
「そうだよね…悲しいよね」
「妹が居なくなるなんて考えたくもない」
「僕が昨日休んだのは、そんなような悲しい事がきっかけだったんだ…」
「えっ…?」
玲は奥にある壁を見つめながら答える。
「去年ね、僕の姉さんが死んだんだ…」
ハッとしたエレンは言葉を失った。
「エレンで例えるなら、かわいがっている妹さんと二度と会えないってこと。僕は二度と姉さんには会えない」
すると、今度はエレンが玲の置かれた状況と自分を重ねて涙を流し始めた。
「そ、そんなの絶対…」
「あっ、ごめん!変なこと考えさせちゃったね…」
「ううん、大丈夫…。でも、玲がこんな思いを持ってるなんて知らなかった。いつも元気だったから」
「周りのみんなに、変な気を遣わせるのは嫌だったんだ。だったら僕の心に留めておけば良い。あと、嘘でも元気でいれば、少しは気持ちが変わるかもって」
エレンは涙を拭きながら少し間を開けて言葉を紡ぎ出す。
「玲って凄いね…わたしじゃ、ずっと元気ないと思う」
「僕は何も凄くないよ。僕は、いつも姉さんを追いかけ続けてきた。振る舞いも何もかも…でも結局エレンには元気のない僕の姿を見られちゃった。」
「昨日休んだのは、一周忌って言って人が亡くなった日から一年経った時に行われるお寺での儀式…行いって言ったら良いかな?それに出てきたからなんだ」
結局小学生の頃に亜希に関する話を打ち明けたのはエレンだけで、他の生徒には明かさなかった。エレン以外の生徒が玲に対し一言も亜希に関する話をしなかったのは、本当にエレン以外の生徒には知られていなかったのかもしれない…。
もっとも、亜希自身が近所でも評判の良い姉という立場もあって、玲の知らぬ間に他の生徒の耳にまで訃報が届いていた可能性はあるが。だとすると、周りの生徒は玲に気を遣っていたということになるが、一言さえも発しなかった徹底ぶりは目を見張るものがある。
それは、クラスメイトや他の生徒が玲に対して心配や思いやりを持っているということでもあるが、玲が他の生徒に気を遣ったように周りもまた玲に気を遣っていたということだろう。それだけ玲が大事な存在だったと。
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