第8話
どこか聞き覚えのある声。その声の方を振り向くと、一人の若い女性の姿があった。
「玲君だよね?」
「失礼ですが、あなたは…?」
咄嗟の出来事で、玲は今一つ女性が誰であるかを理解することが出来なかった。
「雫、天音雫。亜希といつも一緒にいたの、覚えてる?」
思い起こせば、雫が家に遊びに来ていたことがあったし、三人で遊んだことも幾度と無くあった。
当時雫は小学4年ぐらいか…そこから大学生だから見た目も声も、雰囲気すら変わっているのは当然ではある。
すらりとした体型に長い髪とはっきりした目。ショートヘアーであったし身長も今とは全く別とはいえ、人を惹き付けるその目は確かに雫の特徴。
「すみません、気が付きませんでした…」
頭を下げて申し訳なさそうに謝る玲に、「いやいや、気にしないで!」と若干焦りを見せる雫。
「そうだよね…最後に会ったのは亜希のお通夜だもんね。あれから8年も経ってるから仕方ないよ」
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玲の姉であり理想とする人物の一人であった亜希は、玲が6歳の頃に亡くなった。学校からの帰り道、用事があり通学路とは別の道から家路に付く途中に巻き込まれた交通事故が原因であった。
飲酒運転による速度超過と信号無視。亜希が気付いた時には自動車が数メートルしか距離のないところまで来ていたという。
持参物が道路に散乱し、その中には誰かへのプレゼントと思われる包装された箱も。
救急隊が駆けつけた時には心肺停止の状態。病院到着時には、すでに息を引き取っていた。
あの日の夕焼けは、果てしなく橙色に空を染めていたという。
にわかに信じがたい現実。親友を亡くした雫が、絶え間なく涙を流し続けていたのを玲は強烈に覚えていた。
「あの時は、姉の通夜に来てくださってありがとうございました。ああいった形で最期を迎えてしまったのは姉自身も悔しかったと思いますが、それでも親友の雫さんが来てくださった事実は嬉しかったと…」
「わたし自身、何度も手を合わせに伺おうと思っていたんだけどね…あの後に鬱病になっちゃってね。治って程なく親の転勤で引っ越し…ずっと行けなかったのが申し訳無くて」
「お気になさらないでください。雫さんが姉について思っていたことは、きっと分かっているはずですから」
「ありがとう…そうだと嬉しいな」
雫は、まだ幼稚園児であった玲の記憶までしかなく、その言葉と姿に成長と共に亜希と重なる佇まいを感じていた。
あの頃は「しーちゃん」と、あどけない笑顔で呼んでいた玲が、背丈も変わり声も変わっていた。顔付きも大人びただけでなく、更に姉に似てきたように思えたのは気のせいだろうか。
「ずいぶん成長したね…」
小さく呟いた雫の声は玲には届かない。
玲が学校に行かなければならないため「一度失礼します。また後で」と言葉を残して、雫のもとを離れた。
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亜希へ
玲君の大人びて品のある雰囲気は、さすが亜希の弟って感じがしたよ…。そして、どことなく亜希と重なる感じがあったけど、やっぱりきょうだい似るんだね_____
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