愛情という感情の話⑤

 夜の湖畔を、タクと並んで歩く。

 空には、ブラウニーと一緒に留守番してくれるよう頼んでおいた。


 会話はない。先の会話のせいで居心地が妙に悪くて、私は口を開けないでいた。

 いつもなら、互いにからかいあってじゃれあって、会話を楽しく終えて、私は別の世界へっていうのがお決まりだけど。今回ばかりはそれじゃ駄目だと思ってしまって。

 ただ、私が何を言ったところで、言い訳にしかならないことを理解しているから、何も言えない。


 とはいえ、相手の言葉をただ待つというのも、卑怯に思えてしまう。


「あの」


「あのさ」


 声が、ぶつかる。

 私はタクの顔を見つめる。タクは、くっくと笑っていた。

 ちょっとだけ気が緩んで、私もふっと小さく笑う。 


「何だい?」


「いや、空だけどさ、あいつどうしてお前んとこいんの?」


 私は半年前を思い出す。

 空が、竜王の杖を出鱈目に使って、帰り道を壊してしまったこと。元はと言えば、私が杖を雑に扱ってしまったことが原因だなと思い至って、ため息をもらした。


「私のせいだよ」


「お前の?」


「そう。私のせい」


 空を星降堂に縛り付けているのは私のせい。

 私が迂闊だったからこうなった。まさかニホンに、魔法の素質を持つヒトが居ると思ってなかったから。


「てっきりお前があいつを拾ったのかと……」


「拾ってないよ。成り行きだよ、弟子にしたのは」


 タクは「ふぅん」と洩らし、私の顔をじろじろと見る。


「あいつのこと、すげぇ大切にしてたからさ。」


 ああ、やっぱりタクにはあっさり見抜かれてしまったか。


「俺んとこに来れないの、あいつのせいかと思ったんだけど」


「ああ……それは……」


 それは、違う。けど、違うと言えば、タクを傷付けてしまわないだろうか。ろくな理由がないまま、プロポーズを断っていると思われないだろうか。

 むしろ、こっぴどく振っておくのが優しさなのかもしれないな、等と考えて……それができない自分の臆病さに嫌気がさす。


「……私は……私の目的のために、星降堂をしてる。だから、タクと出会う前から、星降堂に縛られているんだよ」


 私は、語る。

 彼を振りたいのに、振れなくて。言い訳じみたことを、ぼそぼそと呟く。


「だから、それを終えるまでは、君の元には行けない。私の罪は、それほどまでに許し難いんだ。

 そんな私だから、君にはつり合わない。だから、私を待つ必要はないから……だから……」


 私のことは諦めてほしい。その一言が、どうしても言えない。

 本当は待っていてほしいし、諦めないでほしい。

 でも、そんなわがままを誰が許してくれるだろうか。


「じゃあ、待つわ」


 一瞬、時間が止まったかのような、感覚。

 タクの軽い一言に、私は驚いた。


「全く君は……いつになるかわからないんだよ? それをどうして、こう……」


 バカだと思った。どうして私のために、君の貴重な時間を無駄にするのかと。

 短絡的で考え無しの、とんだバカだ。


「だってお前は、待っててほしいんだろ?」


 タクはあっけらかんとして、私に笑いかける。


「この十年、色んなやつに言われたさ。

 シューがまたここ来るとは限らないとか、時間を無駄にするよりも、別の女と付き合った方がいいとか」


 でも……と、タクは続ける。


「お前じゃなきゃダメなんだ」


 槿花色むくげいろが、花開く。

 ようやく理解した。この色は、一途な愛情だ。強い愛と覚悟の現れだ。

 

 本当に、彼はバカだ。どうしようもなく短絡的で考え無しで、一途で……眩しくて……

 だから、彼に惹かれてしまうんだ、私は。


「……ありがとう」


 私はそう言うのが精一杯で。

 泣きそうになった顔を隠すために、右手にある湖に顔を向けた。


 新月の夜。水面は夜空を切り取って、真っ黒に染まっていた。星達は休暇を取っているらしい。寂しい黒のキャンバスに、私はスッと指を向ける。


「ん? なんだ?」


「いや、ね。あんまり水面が寂しいからさ……」


 歌を歌う。


「Star light, Star bright,

 The first star I see tonight」


 夜空のカーテンの向こう側から、星が顔を覗かせる。

 一つ、二つ、明かりは増えて、月がゆっくりと顔を出す。


「I wish I may, I wish I might,

 Have the wish I wish tonight」


 夜空に顔を出した星達は、軌跡を描いて湖に落ちる。

 と言っても、落ちてくるのは光だけだ。実態はない。

 それが幾筋も、幾筋も水面に落ちては、マリーゴールドの花を浮かべる。まるで光のカーテンのようで、綺麗だった。


「あぁ……この魔法……」


 タクが呟く。


「久しぶりに見た。綺麗だな」


 まるで見たことがあるかのような口ぶり。

 何で知ってるんだろうか。


「この魔法、私が気まぐれに作った創作魔法なんだけど?」


 私が言うと、タクはどこか納得した顔をした。


「昔、さ。お前が湖にこの魔法使ってるの見かけてさ。それで惚れたんだ。すげぇ綺麗な魔法使うなぁって思って。

 で、仲間のギラス魔法使いに、何の魔法か聞いたんだ。そしたら、見た事ねぇって言うんだよ。

 お前のオリジナルか……へぇ……」


 そう言えば。

 先生が亡くなって間もない頃は、この魔法で自分を慰めていたんだった。それが、タクに見られていたということか。

 この魔法をきっかけにタクが一目惚れしたとは……昔のこととはいえ、恥ずかしいな……


「タクー!」


 声が聞こえる。

 夜も遅いというのに、タクの仲間が迎えに来たようだった。タクはそれに手を振って応える。


「じゃあ、また」


「星降堂が、またこの世界ここに来るとは限らないよ」


「それでも待つ。それまでに、目的ってやつをやり遂げとけよ」


 私は微笑む。

 やり遂げられるかどうかわからない。不確定な約束はできないから。

 だから、黙って片手を振って、走り去っていくタクを見送った。


 ✩.*˚


『愛情という感情のお話』

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