憎しみという感情の話

憎しみという感情の話①

 星降堂の魔法具は、ほとんどが私の手作りだ。

 異世界を渡る星降堂は、普段あまり忙しくないし、賑わうことなんてかなり稀だ。

 特に真夜中の二時から三時の間は、全くと言っていいほどに来客がない。魔法具の制作や修理は、その時間帯に行うことが多い。


 空に店番を任せて、工房で作業をする。

 修理にとりかかっている『さやかな花水晶フロラクォーツ』は、昨日のうちに物を分離する魔法で水晶に閉じ込められたガーベラの花を取り出してある。花弁が全て散っているものだから、花托、花弁、花粉まで、全てを取り出す頃には疲れきってしまって、途中で修理を放り投げていた。

 あとは、先日空が詰んできてくれた新しいガーベラを、水晶の中に入れるだけ。


「ああ」


 目の前に浮かんだマグカップに驚いて、私は声をもらす。

 ブラウニーがブラックコーヒーをいれてくれたようだ。ブラウニーの作るコーヒーは、時々だけど魔法が込められている。今日のは、集中力を高めるおまじないかな。


「ありがとう。助かるよ」


 コーヒーを受け取って、ブラウニーがいるであろう場所を見つめる。ブラウニーの姿は見えないけれど、きっと照れたのだろう。トタトタ慌てたような足音を立てて、工房から出ていってしまった。

 ブラックコーヒーを一口。頭がよりはっきりとした。


 青いガーベラの花をピンセットで摘む。花水晶フロラクォーツの中にそれを沈めると、ガーベラは水晶の大きさに合わせて縮み、すっかり小さくなった。

 水晶の中央に置き、ピンセットを引き抜く。ひび割れた箇所を指でなぞり、唱える。


「直りなさい、戻りなさい、元の形を取り戻しなさい」


 音もなく、すぅっと。水晶にできたはずのひび割れは、私の呪文に従い消えていく。手のひらほどの大きさの水晶玉は、照明の光を跳ね返して煌めいた。

 昨日に比べれば簡単な作業だったなと思いつつ、傷や歪みがないかどうか最終チェックをする。これは直り次第店頭に並べる予定だった。


「魔女さん……あの……」


 空の声がし、顔を上げる。

 空が不安げに私の顔を見つめている。


「えっと……」


 見えた感情は戸惑い。赤、青、黄、白が、辺りをくるくる明滅している。

 助けが欲しいなら、はっきりとそう言えばいいのに。私はそう思うけど、きっと空はそれができない性分なのだろう。ニホン人という人間は、みんなそうなんだろうか。


「困ったお客様でも来たのかい? 接客代わるよ」


 やれやれと肩をすくめて、私は立ち上がる。

 売り場に出ると、そこには一人の男性がいて、辺りを訝しげに見回していた。

 鎧を着ている。この世界の騎士だろうか。


「店主はお前か」


 騎士に問われ、私は頷く。


「何か、お探しかな?」


 騎士は私の姿をジロジロと見て、顎に手をそえてこう言った。


「魔女か?」


 その言葉には棘が含まれていた。私は身構える。

 この世界には、昨日の昼にやってきたばかりだ。以前も来たことがある世界だったから安心して出店していたが、もしや魔法使いは歓迎されていないのか。

 私は、読心の術で騎士の感情を覗く。見えた兵士の感情は、困惑の青紫。

 言葉と感情とのギャップに私は眉をひそめた。


 ややあって、騎士はこう言った。


「何故ここにやってきた? 魔女狩りが行われている、この国に」


 魔女狩り、だって……?


「……星降堂は、転移する店を選べなくてね。全ては星降堂の気のままに出店しているのさ」


 私はそう説明するが、ただの人間である騎士が理解できるとは思わない。

 騎士はしばらく考えていたようだったが、やがてため息を一つすると、私にこう言った。


「夜も遅いし、きっとこれは夢だろう。こんなわかりやすい格好の魔女がいるはずない。魔女なら魔女狩りを恐れて、町娘と同じような格好をしているはずだからな」


 まるで誰かに説明するような口調だ。

 ……おそらく、私に説明しているのだろう。自分が今見ているのは白昼夢だということにして。


 あんまりわかりやすい格好をしている私に、町の風景に溶け込んで隠れなさいと、そう言っているのだ。


「では、失礼」


 騎士はぺこりと頭を下げて、星降堂を後にした。

 ここは、久方ぶりにやってきただと思っていたんだが、もしかして違うのだろうか。


「魔女さん。魔女狩りって、何ですか?」


 空に問われ、振り返る。

 黒い靄を漂わせながら、空は私を見上げていた。


「……空には刺激が強すぎるんだけどね……でも、そうだな……」


 言わないわけにはいかないだろう。


「魔女狩りというのは、言葉の通り、魔女達を捕まえて、罰を与えることだよ」


 なるべく柔らかな言葉で説明する。相手は11歳の子供だ。直接的な表現は避けたいと思った。

 だけど空は賢い子で、私が何を言いたいのかすぐに察した。サァッと顔を青ざめて、黒い靄をより一層濃くした。強い恐怖の感情だ。


「何で? 魔女さんは、何もしてないんでしょ?」


「そう。何もしてないから見逃された。でも、次は無いだろうね」


「え、でも、魔女さんは悪いことしないですよね? いなくなっちゃわないよね?」


 空は縋り付くように、私のワンピースを握る。

 以前、母を病気で亡くしたと言っていたから、親しい誰かがいなくなることに耐えられないのだろう。怖い、寂しい、そういった感情が濁流となって私の視界に飛び込んでくる。

 私は笑った。大したことではないと、空に言い聞かせるために、だ。


「くひゅひゅ。安心していいよ。私がそう簡単に捕まると思うかい?」


「で、でも……」


 空の恐怖に、疑いの銀色が混ざる。以前、魔法使いと戦闘したやりあった時に、私が死にそうになったのを思い出したんだろう。今思い出さなくてもいいだろうに。


「明日、買い出しついでに町の様子を見に行くよ。あんまり危ないようなら、長居はせずに別の世界へ行こう」


 空は私の言葉におずおずと頷く。銀色の針が飛び回っているということは、私に疑いを向けているのか。

 まぁ、空が考えていることは、何となくわかる。私が何かトラブルに巻き込まれないだろうか、というところだろう。

 けど、私には確かめたいことがある。もし魔女狩りが私のせいだとしたら? 私が前回立ち寄ったことが原因だとしたら?


 ……心当たりがあるからね。

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