愛情という感情の話②
「で、なんだ、このちんちくりん」
タクが空を指差して聞いてくる。
ちんちくりんは無いだろう、ちんちくりんは。
「
空はタクと仲良くしたいらしい。ハキハキと名乗る。
空にとっては、タクが歳の離れたお兄さんに見えているだろう。
「この子は私の弟子。人間の魔法使いだよ」
私はタクにそう説明した。「まだ見習いだけど」と付け加えて。
タクは「ふぅん」と気のない返事をして、カウンターに寄りかかる。
「俺はタク・アルヴェイク。ダンジョン冒険者だ」
「ダンジョン冒険者?
ダンジョンって、何するとこなの?」
「魔物がはびこっててな、奥に宝があるんだよ。それを取ってくるのが仕事」
「危なくないの?!」
「危ねぇから、戦える俺らが探索に行くんだ」
空は魔法が親しい世界には疎いから、どんなことでも目を輝かせながら尋ねてくる。私には、空の反応が微笑ましく見えるけど。
「こいつ、ダンジョンのことも知らねぇの? 大丈夫かよ」
タクは空の反応に対して混乱していた。タクの周りで、赤、青、黄に明滅する星がクルクル回っている。
「その子は魔法が親しくない世界から来たからね。ダンジョンのことも、魔物のことも、全然知らないはずさ」
「えぇ……いや、でも、常識だろ。魔法使いなら」
「この世界ならね。別世界では非常識だよ」
タクは腑に落ちないといった顔をしていたけれど、口を閉じてくれた。
「空を見てると面白いよ。
この前なんて、スライムを素手でつかもうとして全身スライムだらけになるし。ケルピーの背中に危うく乗りそうになるし」
私は、空のことについて語り始めると、どうも饒舌になってしまうね。最近起きた小さな事件を絡めながら、空がいかに魔法の勉強を頑張っているかを語る。
時々空が「何であの時助けてくれなかったんですかー!」って泣き言を言ってくるけれど、空がだいたい一人で解決できているから、私の出る幕がなかっただけ。
空は、まだまだ半人前であるけれど、些細なトラブルなら自分で解決できてしまう。そのくらいに賢い子だよ。
「へぇ……」
つい語りすぎたね。私は話を切り上げようと、口を閉じてタクを見上げる。
……おっと……少しばかり、タクのことを蔑ろにしてしまったようだ。タクはすっかり膨れっ面。ぶすっとした顔をして、頬杖をついたまま空を見ている。
空はタクの舐めるような視線を受けて、居心地が悪いらしい。愛想笑いを浮かべてはいるが、その目は私に助けを求めていた。
「そんなヤツなら、お前が何で世話してんだよ。お前、そういうの苦手だって言ってたろ」
タクの言葉に私はムッとした。「そんなヤツ」という言い方が気に入らない。
しかし、私より空の方が先に、タクに反抗した。
貶されていることを理解した空は、タクをジト目で睨み返す。口をぎゅっと結んでいたけれど、私の目には感情が映り込んでくる。
もやもやとした、黒い幕。怒りと、拒絶。
空は大股で店の外へと向かい、立て看板を撤去した。時間は夜中の一時を過ぎた頃。まだまだ夜は続くのに、弟子は勝手に店を閉めてしまった。
「僕だって勉強頑張ってるんだ。何でそんなこと言うんだよ!」
空の言葉に、私もタクも目を丸めた。
お客様に失礼な態度をとってはいけない。常々、私が空に言い聞かせていることだ。だから、何を言い返してもいいように、タクがお客様でなくなるために、店を閉めたのだ。
賢いんだか、悪賢いんだか……
「魔法の基本も知らないのに、よく星降堂でやってけるなぁって思っただけだよ」
「なっ……! ぼ、僕をバカにするってことは、先生の魔女さんもバカにしてるんだぞ」
「何でそうなるんだよ。意味わかんねー!」
私を巻き込まないでくれないか、我が弟子よ。
……いや、この場合、私がタクを蔑ろにしたのがいけないのかもしれないけど。
「つーか、魔法使いならスライムの取り扱いくらいガキの頃に習うだろ。ケルピーに近付くな、くらい聞いた事あるだろ」
「日本だと、スライムもケルピーもいないんだから仕方ないじゃん」
「まぁ、スライムやケルピーは置いといてもだな。マーメイドに拐われかけるとか……」
「知らなかったんだもん! 仕方ないじゃん!」
あー……何でこうなるかな……
タクは見かけによらず独占欲が強いから、私の弟子としてそばにいる空に嫉妬したんだろう。けど、年端もいかない子供に対して、こんなに大人気ないことは今までなかった。
空だって、いつもなら彼自身の穏やかさで物事を丸くおさめるはずだろうに、今日は嫉妬して苛立ってる。
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