愛情という感情の話

愛情という感情の話①

 眠りから覚めた。窓を開ける。

 橙色に色付いた空から、太陽が落ちていく。

 潮の香りを抱いた風が吹き込んで、私の髪をなびかせた。

 町から離れた高台の上、そこが、今回の出店地だ。


 ああ、この世界に来たのか。

 心が逸る。うずうずしてしまう。私らしくない。


「くふふ」


 頬が緩む。

 私は頬を一度たたき、表情を引き締めた。空に気付かれたら、恥ずかしいからね。


 ✩.*˚


「今日の魔女さん、ちょっと変です」


 空が言う。

 私は掃除の手を止めて、空がいるカウンターを振り返った。


「今日は魔女さんがご飯作っちゃったし、掃除も魔女さんがしてるし。変ですよ」


 ……おや……そういえば、いつもは空に押し付けていたっけ。


「あと、魔女さん、ずっと魔法使ってます」


 ……さっきから視界をちらついてるのはこれか。私は、頭の周りを飛び回る星屑の光を片手で捕まえる。

 無意識に魔法が漏れ出てたみたいだ。いつもなら魔法が漏れ出ないように気を張っているんだけど、今日はどうも上手くいかないみたいだ。


 空はそんな私を見て、頬を膨らませる。

 黒い靄がうっすらと空を覆う。空の不機嫌さの表れだ。


「僕、やることなんにもないです」


 暇を持て余していたらしい。頬杖をついて小さく呟く。

 私は箒を片付けてから、空の隣に腰掛けた。


「すまないね。つい全部やってしまった」


 私の隣では、ブラウニーが魔法具を広げ始めた。宝石で作られた動物の置物を、布巾で磨いて汚れを落としている。

 ブラウニーに「それ、こっちにもらえるかな」と声をかける。見えないブラウニーの表情を窺い知ることはできないが、すんなり渡してくれたということは、嫌がってはいないだろう。


 私は、布巾を一枚、動物の置物を三つ、空に差し出す。空はそれを受け取って、置物を磨き始めた。これで機嫌を直してくれればいいけど。


 私が猫の置物を磨いていると、空が声をかけてきた。


「今日、お客様来ますか?」


 空は犬の置物を磨いている。置物と同じ橙色のオーブが、空の周りをふわふわ飛んでいる。

 ここは、空にとっては初めての世界だ。期待と希望が彼の体から溢れ出していた。


「来るよ」


 私を訪ねてくれるヒトが一人、ね。


 ✩.*˚


 夜がふけて、今は夜中の一時に差し掛かっている。

 外ではフクロウが鳴いている。


 空はすっかり夜が好きになっているようだ。フクロウの鳴き声に耳を澄ませ、「誰かを呼んでるのかな」等と、子供らしい呟きをもらしていた。


 私はただ座って、客を待っている。

 来たとも会いたいとも伝えてないけど、のことだから来てくれることだろう。

 空が時々振り返るから、都度私は、無意識に出していた星屑の光を片手で捕まえた。


 全く、浮かれすぎてるよ。


 待ち人はようやくやってきた。

 星降堂のドアを開け、早足でカウンターにやってくる。走って来たらしい。息がきれている。

 冒険者用のレザーアーマーの上から上着を羽織り、額にはヘアバンド。癖のあるブラウンの短髪に、つり目がちなブラウンアイ。


「お前、来てたんなら言えよ」


 ダンジョン冒険者のタクは、私の顔を見つめてそう言った。

 私は笑いながら肩をすくめる。


「今日来たばかりさ」


「にしても、伝達のなんたらってヤツがあるだろうがよ」


「伝達の術、ね。君もハーフエルフなら、魔法の一つや二つ、嗜みなよ」


 やれやれ、と、ため息をついてみせる。先程から飛び回る星屑の光は二つに増えていて、私はそれを払うことを諦めた。

 そんなことに気を取られるより、彼の顔を見ている方が楽しいからね。


「魔女さん、そのお客様、知ってる人ですか?」


 空が声をかけてきた。私は空を見やる。

 空は、店にズカズカと入ってきたタクに緊張している。赤、青、黄、白が、辺りをキラキラと明滅している。緊張というより、戸惑いだろうか、これは。

 空のことをおざなりにしていたな。そうだね、ちゃんと紹介してあげないと。空にも、タクにも。


「そうだよ。私の友達」


 空に笑顔を向けて、タクを指差す。

 タクはその言葉に「またか」と言いたげにため息をつく。


「友達じゃねぇだろ」


「ボーイじゃないか」


彼氏ボーイフレンドだろ」


 なんて言って。

 十年に一、二度逢うくらいの関係性なのに、これで彼氏って呼んだらタクに失礼だろう。まぁ、本人はそう呼ばれたがってるみたいだけど。


「魔女さん、彼氏いたんですか!」


 空は黄色の光を弾けさせて驚いてる。


「友達だよ。友達」


「でも、魔女さん今日はすごく嬉しそうです」


 見抜かれてたか……はぁ……子供を騙せないようじゃ、私もまだまだだね。

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