執着という感情の話⑥

「っ、はぁ~……」


 ようやく安心した私は、大きくため息をついてその場に尻餅をついた。

 格上の魔法使いが相手だと、流石に疲れた……いや、疲れたどころの話じゃないな、これは……


 空はぎこちない動きでコナラの木から降りると、駆け足で私に近付いてくる。


「魔女さん! 大丈夫? って……」


 ああ。私の姿を見てびっくりしたみたいだ。


「大丈夫じゃないですよね!」


 手足は茨の棘でズタズタ、横腹には穴が空いているし、額は二度地面に打ち付けられたせいで切り傷ができているだろうと思う。赤目は多分引っ掻き傷ができてるだろうし、首筋も何だかヒリヒリする。


「あー……大丈夫だよ」


 ……これは……大丈夫じゃないけど、まぁ大丈夫だろう。星降堂ほしふりどうに帰って、ブラウニーにも手伝ってもらいながら手当てすれば、問題ないはずだ。


「傷を治す魔法!」


 空が杖を私に向ける。

 杖から光が散りばめられる。


 いやいや、待て待て。


「傷を治す魔法は駄目だ」


 私はキッパリそう言うんだが、空はかまわず呪文を口にする。


「癒しなさい。治しなさい。苦しみの痛みよ、取り払われなさい」


 空の魔法が発動する。

 杖から放たれた光は、私の顔に触れた途端、傷口を癒し始めた。額が、赤目が、じんわりと暖かくなり、肌が引っ張られ、傷口が塞がれていく。


 だから、それは駄目だと……


「駄目だと言っただろう!」


 ……思わず怒鳴ってしまった。

 空は驚いて肩を跳ねさせる。途端に魔法は効力を無くした。治った傷は治ったままだが、更に癒されることはなくなった。

 だが、安堵した。こんな大怪我を治すなんて、空が生命力の枯渇で倒れてしまう。


「でも、魔女さん……」


 空の声が震えていた。青い両目に、じわじわと涙が浮かぶ。


「魔女さんが死んだら、僕……嫌です……」


 なんて言って。私の正面に屈んで、私の袖を強く握った。

 全く……勝手に殺さないでくれないか。


 空の手をやんわり解いて、立ち上がってみせる。


「死なない。大丈夫だよ」


 まぁ、死ぬほどじゃないさ。

 ほら、普通に立てるし。伸びもできるし。歩けるし。

 横腹は痛いし、血を流しすぎてフラフラするけど。

 星降堂ほしふりどうに帰るまでなら、まぁ大丈夫だろう。

 

「とりあえず、帰ろうか。配達は夜に行こう」


 立ち上がる、と。

 ふらりと視界が揺れた。

 そのまま無様にも、仰向けに倒れて頭をぶつける。


「ぐぅ……」


 痛い……どこもかしこも。


「やっぱり、魔女さん……お腹だけでも治しましょうよ……」


 空がしゃがみこんで、私の顔を覗き込む。

 全くこの子は……優しいんだから……


「じゃあ、頼むよ」


 仕方ない。空が倒れたら、私が背負えばいいか。


 ✩.*˚


 星降堂ほしふりどうに戻った私は、ふらつきながら自室に向かうと、血塗れのワンピースを脱ぎ捨てた。椅子に座り、姿見を見遣り、苦笑する。身体中どこも傷だらけ。暫くは跡が残るだろう。

 ただし、横腹に空いていたはずの穴は、綺麗にふさがっている。顔と横腹の傷は、空が綺麗に塞いでくれた。

 なんと器用なことか。向こう側が見えるのではないかというくらいだった横腹の深い傷は、傷があったことを忘れてしまうくらいに綺麗に治っていた。


 空は、希望の意思が強い。正の感情は、正しく使えば己の想像以上の効果をもたらす。

 魔法の素質は並以上だと思ってはいたが、もしかしたら予想以上なのかもしれない。


「まあ、それで倒れられちゃ世話ないけど」


 私の傷を治した後は、結局生命力の枯渇で倒れてしまったけどね。

 まぁ、命に別状はないから問題ない。私も、貧血気味なだけで問題ない。

 

 あの後コンラッドは諦めたのか、私達を追ってくることはなかったし、とりあえず、解決。ということで、いいんじゃないかな。


「……ああ、ブラウニー。ありがとう」


 ふわりと、薬瓶が手元に飛んでくる。

 ブラウニーが薬瓶を持ってきてくれたんだ。


 さて、しっかり休もう。配達は……うん、明日にしようかな。

 今日は疲れた。


 .*・゚ .゚・*.


『執着という感情の話』

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