執着という感情の話⑤

 コンラッドが、私の髪を掴んで、引っ張る。無理矢理顔を上げさせられる。痛みに顔をしかめながら、私はコンラッドを睨みつけた。

 集中。奴の目を潰すことを想像する。奴の眼前で火花が爆ぜて、焼き焦がすところを。


「閉心、解けてますよ」


 茨が、私の腕を締め上げる。棘が食い込み、血が流れる。腰にも腹にも絡みつかれて。


「半端な魔女が、俺に楯突くとは。自分の力量分かってます?」


 腹に、鋭い痛みが突き刺さる。


「っ、く……」


 茨がくい込み、穴を開けた。

 あー……これは、少しまずいかもしれない……

 魔法の上書きは、膨大な生命力を費やすが……いけるか……?


「大地に根付きし純白の女王。どうか私の声に耳を傾け給え」


 体に絡まる茨に呼びかける。直ちに私の体から離れるように、魔法の上書きを試みるが。


大地ガイアの女王よ、それは、不可キャンセルだろう?」


 不可キャンセルだ。コンラッドの魔法を上書きすることはできない。


「頭を垂れよ」


 ぞっとする程に低い声が、鼓膜を震わせた。

 見えない手に、背中を、頭を、押さえつけられる。額を地面に強かに打ち付け、視界に星が舞った。

 くっそ……痛い……


「たかが五百年の黒魔女如き。何故、俺に逆らえると思ったんです?」


 コンラッドの声が、笑いを含んでいて、ムカつく。


「その感情が、もう、生意気なんですよ」


 頭が勝手に持ち上がる。これは、やばいかも。


「ひれ伏せ」


 再び、強く打ち付けられる。

 視界に赤いものが混じる。

 痛い。割れそうだ。


 ……この茨だけでも、どうにかできないものか。

 もう一度、魔法の上書きができないかと試してみるけど、呪文を唱えるよりも先に、コンラッドに腹を蹴られた。


「げほっ……けほっ……」


 痛い。吐きそうだ。苦しい。


 明らかに、コンラッドは私より格上。かつ、戦闘向きの魔法使い。分が悪すぎる。私じゃ相手にすらなれない。


 交渉に、切り替える、か……? 


「もう閉心しないんですか?」


 コンラッドが尋ねる。私は頷いた。


 先程から奴は、感情を味に例えている。おそらく、読心した感情を味わって、自分の食欲を満たしているんだろう。


 と、なれば、だ。

 本来なら交渉時にこそ、閉心した方がいいのだが、こいつには、私の感情込みで交渉した方がいいかもしれないと判断した。 


「そうですねぇ。その強かさも、深い味わい旨みで好みですけど、交渉材料には足りないかなぁ」


 ギリリと、茨が腕を締め付ける。

 

「で、希望の感情の代わりに何をくれるんです?」


 コンラッドは薄く笑う。


「……私の、この赤目でどうだい?」


 私の右目は、私の虚しさの宝石だ。空の意思に釣り合うものではないけれど、コンラッドは好むかもしれない。

 コンラッドは、私の赤目を覗き込む。じっと真っ直ぐ見つめてやると、おかしそうにクスクス笑った。 


「…………へぇ。透明の宝石に、店主さんの血が混ざってるんですか」


 コンラッドは、私の赤目を指先で引っ掻いた。意思の宝石である私の赤目は、傷付けられても痛みを感じることは無い。引き抜かれたら、流石に痛いだろうか。それは知らない。


 唐突に。

 ちらりと、視界に色が見えた。

 黒に赤が混ざった、恐怖に隠れた怒りの色。これは、


「そうそうお目にかかれない、お値打ち品だよ」


 虚勢を張って、笑ってみせる。奴には無意味だとわかっているけどね。

 そうしないと、


「この目を抜いたら見えなくなるでしょ?」


「片方あれば十分さ」


 コンラッドの指が、頬を滑り、肩に落ちる。意思の宝石で飾られた指を、私の首筋に這わせて、いつでも殺せるんだぞと、威圧する。


「よほどあの子が大切なんですねぇ」


「……弟子だからね」


 可愛い可愛い愛弟子だから、守りたくもなるものさ。

 だから、素直に配達しに行って欲しかったんだけどね。

 でも今は、助かるよ。


「穿て、爆炎!」


 突然聞こえた第三者の声に、コンラッドは驚いて振り返る。

 その間抜け面に、小さな火球がぶっかり、前髪を焼き焦がした。


「お手柄だよ、空」


 コナラの木。枝の上。片腕で幹にしがみついて、震える脚で立っている。


 空が私を泣きそうな顔で見下ろしていた。


「魔女さんから離れろ!」


 震える声で、精一杯の威嚇をする。

 はは、かっこいいよ、ほんとにね。


「純白の女王よ、もう一度呼びかける。

 私の声に耳を傾けてくれ」


 コンラッドの意識が逸れた一瞬、再度私は茨に呼びかけた。

 光が弾け、舞う。コンラッドの魔法をねじ伏せ、私の魔法を上書きする。茨は私の魔法に従い、私を解放した。

 更に上書き。茨によってできた腕の傷を掻き、血を流す。


 茨よ、飲め。血液命の水による契約なら、私の想像力以上の効果を発してくれるだろう?


「しまっ」


「純白の女王よ。血液命の水を捧げる」


 コンラッドが振り向く前に、声を張って呼びかける。


「そこの気狂いを縛れ。殺さんでもいい。只では解けぬよう、縛って痛めつけてくれ。

 私に、あの子を守る力を。空を守る力を貸してくれ」


 こんなの呪文になってない。だが、知らん。そんなのは重要じゃない。

 抉った傷口から、バタバタと血が落ちる。尋常じゃない程に痛いだとか、傷が残りそうだとか、ちらりと考えたが、邪魔な考えはすぐに頭から追い出した。

 今は、気狂いの魔法使いコンラッドが空に手を出さないよう、動けないよう縛り上げる想像を。

 攻撃なんてできなくとも、痛めつけて後悔させられるような想像を。


 大地から茨が次々と湧き出る。コンラッドの脚に、胴に、腕に巻き付き、締め上げ、棘を食い込ませた。


「くそっ。大地ガイアの女王よ、我が呼びかけに応えよ!」


 コンラッドはようやく慌てた。慌てて魔法の上書きを行おうとするが、血液命の水による契約の前には……


不可キャンセルだ」


 私が言い放つと、コンラッドはこちらを睨んだ。


「黒魔女がっ」


「うるさい、気狂いの魔法使いが」


 茨がコンラッドの体を締め上げ、棘を食い込ませていく。純白の花が咲き乱れ、コンラッドの体を覆い始めた。

 続け様に、契約を結ぶ。


「大地に根ざす我らが朋友よ」


 パタパタと、血が地に落ちる。それを吸い上げたのは、コナラの木。


「こいつを封じてくれ」


 ざわざわと枝葉が揺れる。

 枝に立っていた空は驚いて、両腕で幹にしがみついた。


 コナラの木から葉が次々に落ち、コンラッドに降り注ぐ。


「おい、何する気だ! やめろ!」


 コンラッドが叫ぶが、声を聞きたくはなかったので、その口に葉を何枚も詰め込んで口を塞いでやった。

 やがてコンラッドの姿が全て葉に覆い尽くされ、ようやく静かになった。

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