執着という感情の話②

 私は疑問を解決すべく男の感情を覗く。

 生命力を想像力に流し込み、男の内面を引っ張り出すイメージを頭に浮かべる。

 視界を埋め尽くす程の色が弾ける、と思っていたのだが。


 ……見えない。

 男からは、何の感情も見えない。そんなことはないはず。

 動物だって妖精だって、感情に色形はついている。それが見えないということは…………

 こいつは、閉心の魔法を使っている。


 読まれる前から閉心しているとは、中々の変わり者じゃないか。


 警戒を強める。

 同時に、空に伝達の術をかける。


『店の中に入ってなさい』


「魔女さん……?」


『何も言わずに。いいね』


 空は私から手を離し、早足で店の中へと入った。

 指を振る。魔法を使って施術する。星降堂ほしふりどうのドアは内鍵だ。だから、普通なら開けられることはない。大丈夫だろう。


「君は……」


「コンラッドといいます」


「……コンラッドは、あの子に何をしたんだい」


 たずねる。空に何をしたのか、聞いておかないと。

 コンラッドと名乗る男は、爽やかな笑顔を浮かべて恐ろしいことを言った。


「胸を開いて、希望の宝石を取り出させてほしいと言ったんですよ」

 

 つまり、胸をにかっ捌いて開くのだと。

 ……できなくはない。感情は心臓に宿る。胸を開いて感情だけを取り出すことはできるんだ。だが、それをするということは、空の心臓を切り裂くのと同義。

 幼い空のことだ。言葉の意味を理解できたかどうか、怪しいところ。それでも怯えていたということは、こいつの悪意を感じ取ったか……


 私は、コンラッドとかいう狂人を睨みつける。 


「あの子は私の弟子だ。指一本でも触れてみろ。呪い殺すぞ」


 読心できる相手に、私の威嚇がどれほど通用するか。

 しかし、私だって閉心の術で感情を隠している。私の動揺も恐怖も、きちんと隠してしまえているはずだ。

 コンラッドは、白々しい程のとぼけた顔で、私を見下ろしている。そうして数分、互いに読心の術で腹の探り合いをした後、コンラッドは笑った。


「あっはは。怖い魔女さんだ。仕方ないから今日は諦めるよ」


 コンラッドはそう言うと、手をひらひらと振りながら、その場から立ち去ってしまった。

 

 私は……閉心の術は崩さずに、大きく息を吐き出した。


 ✩.*˚


 しかし、まずいことになったものだ。狂人に狙われてしまうとはね。

 今すぐにでも世界を転移したいけど、そうはいかない。ほんの数日前に、魔法具のオーダーメイドを受け付けて、今日ようやく仕上がったばかり。まだお客様に渡せていないからね。

 本当なら、経験を積むため空に配達を頼むつもりだったけど、一人で出掛けさせるなんてできるわけがない。かと言って、一人で店番をやらせるのも不安だ。


 カウンターで考え込んでいると。


「魔女さん、ごめんなさい」


 後ろから声をかけられた。振り返って、空を見る。

 空は申し訳なさそうな顔をして、目を伏せていた。


「僕が呼び込みしたんです。変な人だとは思ってなくて……僕のせいです」


 あー…………

 どんよりと曇った空のような、黒い靄。不安と、恐怖と、罪悪感。悲しいのか、青混じりの斑が広がって…………

 あー…………あー…………


「君が悪いとでも言うのかい?」


 面倒だ。からかってしまえ。


「いや、そうじゃないですけど」


「じゃあ、謝る必要ないじゃないか」


 そう言いながら、キャンディ缶の蓋を開ける。中から取り出したのは、楕円形で赤い色をした、小さなキャンディ。


「いや、でも、僕が呼び込みなんかしなかったら」


 空がそう言い、口を開ける。

 その瞬間を見計らって、赤いキャンディを放り込んでやった。

 空はびっくりして口を閉じる。舌触りでキャンディだと分かったのだろう。頬を僅かに緩めたが、すぐにその顔はパニックに変わる。


「んなー! 何? 何これ?!」


「くふふ。あははははっ」


「からい! あー!!!」


 あれは唐辛子のキャンディだ。辛いに決まってる。

 空はバタバタと、奥の部屋へと走っていく。おそらく向かった先は水道だろう。


「あー!!!」


 空の叫び声が聞こえる。

 あー、さては水でうがいしたな?


「こっちに来なさい。ホットミルクを用意するから」


「魔女さんのばかー!!!」


 うん。これで、あの妙な男のことは忘れただろう。

 私は魔法で牛乳を呼び出して、温かなホットミルクを作ってやった。

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