憂慮という感情の話④

「弟子、回復したぞ。帰るといい」


 私は、ニューニの言葉が信用しきれなかった。おそらく、怪訝な顔をしていたことだろう。

 しかしニューニは、長く縄張りに居座ることを許してくれない。


「はよ帰れ。は、これ以上は許さん」


 ニューニを怒らせて、私にまで呪いをかけられては叶わない。

 仕方ない。帰ろう。呪いが解けてなければ、またニューニに会いに来るだけだ。


「失礼しました」


 ニューニに対して頭を下げる。そして立ち上がり、踵を返す。

 陽の光が差し込む出口に向かって、足音立てながら歩く。


「黒魔女よ」


 呼ばれて、振り返る。

 ニューニは、笑いを含んだような顔をして、私にこう尋ねてきた。


「弟子のこと、気に入ってる?」


 私は考える。

 気に入っているというよりは……そうだな。

 空は、私がいないと何もできないだろう。私が導かないと、きっと迷うだろう。

 私自身、そんなに完璧では無いけれど、道標を立てることだけならできるから、空を支えて導いて、そうやって可愛がってやれればいいかなとは思ってる。

 つまりは……そうだな……気に入ってるんだろうな。


「気に入ってますよ。弟みたいで」


「弟?」


「そう。弟」


 ニューニは笑う。ニヤニヤと、ほくそ笑む。

 何がおかしいんだ?


「我が子じゃなくて?」


 我が子だって? とんでもない。

 あくまであの子は弟だ。それ以上になりはしない。

 多分、ね。


✩.*˚


 魔法陣を描いて、中心に立ち、呪文を唱える。

 来た時と同じように、帰りは一瞬。星降堂の売り場に瞬間移動すると、カウンターで空が突っ伏していた。

 カウンターに近付いて、空の頭を撫でてやる。空は、私の顔を、泣きそうな顔で見あげていた。


 熱はすっかり下がっているようだった。

 安心した。ニューニは約束の通りに、空にかけた呪いを解いてくれたんだ。


「ただいま」


 笑みを浮かべて、呟く。

 空は「お帰りなさい」と笑って呟く。


「どこに行ってたんですか?」


 空は弱々しく尋ねる。

 発熱で体力は奪われただろうし、きっと疲れているのだろう。それでも私の姿を探して、見つからないからカウンターで待っていたんだろう。

 いじらしいね、全く。


「友人に会いに行ってたのさ」


「友人ですか?」


 空はじっと私を見る。空の周りを、疑いの灰色が漂う中、赤色が針となって煌めいている。多分これは……怒っているな?

 この子は鈍いようで、案外聡い。時々だが、私の嘘を見抜いてしまう。


 想像力が豊かな証拠だ。

 やっぱり、この子を弟子にしてよかった。


「今晩、熱がぶり返さなければ、別の世界に渡ろうか」


 話をそらせるために、そう提案する。あまり空に心配されても仕方ないからね。

 でも空は、話をそらしたくないみたいだ。


「本当は、誰に会いに行ってたんですか?」


「友人だよ。気難しい友人」


「本当に?」


「本当さ」


 空はむすっとした顔で私を見ていた。



 .*・゚ .゚・*.


『憂慮という感情の話』

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