第64話 優木夜空の過去
「やだやだやだ! 買ってくれなきゃやだ!」
「この前買ってあげたでしょ! あれで我慢しなさい!」
幼い頃の俺はかなり手のかかる子供だった。
欲しい物は欲しいと言って譲らなくてわがままばかり。
そんな俺に対して、お袋や親父はいつも困ったような顔をしてたよ。
嵐山さんの家庭ほどじゃないとは思うけど、家も結構裕福な家庭でさ。
欲しいものは大体買ってもらえたっていうのもあるのかもしれない。
なのに飽きて捨てるのも早くて、まるで暴君のようだなって今は思うよ。
「お兄ちゃんでしょ! 朝日にあげなさい!」
「なんでだよ! これは俺のだ! 絶対に嫌だね!」
自分のものは自分のもので、絶対に誰にもあげなかった。
それは妹にもだ。
当時の俺には妹が居て、名前は優木朝日(ゆうき あさひ)っていう名前だった。
遊んだこともあるけど、結局は俺がわがまま言ったりして朝日を泣かせてたと思う。
自分のものは絶対に朝日に渡さないのに、朝日からは奪ったりしてたんだ。
最低だって……今の自分でも思うよ。
でも当時の俺はやりたいことをやって、わがままを言うだけだった。
手のかかる子供っていう感じでさ……。
それが変わったのは小学生の頃だった。
「夜空、お母さん今から朝日と買い物に行ってくるから、家で留守番しててね」
「んー」
俺の部屋に入ってくるなり、お袋はそう言った。
当時の俺は出たばかりのカードゲームに夢中になっていて返事も雑だった。
色々注意してくる親がウザいなと思い始めた頃で、いつもならただ行ってらっしゃい、って言うだけなのにその日は思いついちゃったんだ。
「あ、待って……これ買ってきてよ」
「……なにこれ?」
俺がお袋に差し出したのは、確かなんかの雑誌のチラシだったと思う。
カードショップのチラシで、そこでカードが買えるからそれが欲しかったんだ。
お袋はチラシをよく読んで、難しい顔をした。
「いや、このお店、これから行く場所からは結構離れてるんだけど……」
「えー、いいじゃん。時間あるでしょ?」
「次回じゃダメなの? 別に今日じゃなくてもいいじゃない……」
「今日じゃなきゃヤダ!」
「うーん……」
今だから分かるけど、お袋が買い物に行く場所とカードショップは歩いて20分くらい離れていた。
だからお袋が難色を示すのも当たり前なんだ。
でも子供の俺はそんなのお構いなしで、ひたすらわがままを言った。
「今日買ってきて! 絶対買ってきて!」
「……はぁ、分かったわよ。買ってくるわ」
「やったー!!」
「っていうか、ここに行くならあんたも付いてきなさいよ」
「えー、やだよめんどくさい」
俺は欲しいものさえ手に入れば良かったというのと、めんどくさいという理由でお袋を見送った。
結局ぐうたらな俺に呆れて、お袋は朝日を連れて家を出た。
よく晴れた休日の、昼間の事だった。
それからしばらくして夜になりかけた時、家の電話が鳴った。
めんどくさいなと思いつつも全然鳴りやまないから、仕方なく俺は電話に出たんだ。
相手は知らない男の人で、言われた言葉を聞いて俺は頭が真っ白になった。
『優木さんのお宅ですか? 優木真昼さんと、優木朝日ちゃんが、事故に遭われました』
そんなことを言っていたと思う。
当時小学生の俺には分からないことをずっと電話越しに言われて、本当に全然分からなくて、俺は怖くなって電話を切った。
そしてすぐに親父に電話を掛けたんだ。
助けてって。お母さんと朝日を助けてって。
親父の方にも連絡は行っていたみたいで、電話越しに俺を落ち着けてくれた親父はすぐに家に帰ってきてくれた。
そして不安で泣いている俺を連れて、病院へと車を走らせてくれたんだ。
病院に着いた頃にはもう夜になっていて、俺はお袋と朝日の無事を祈って親父と一緒に部屋に入った。
そこには奥に白い大きな布が掛けられていて、でもそれは人の形をしていて。
なのに顔の上にも小さな白い布がかけられていて。
俺はそれが朝日だと理解した。幼いながらに、理解したんだ。
「うあああああああああ!!」
大きく声を上げて泣いたのを覚えている。
俺だけじゃなくて親父も泣いていた。
つい昨日まで普通に話していたのに、今はもう居なくて、これからも居ない。
すごく辛くて、胸が締め付けられる思いだった。
「お二人はデパートで買い物をした後に、駅とは違う方向に移動中に事故に遭われたようです」
それがお医者さんなのか、誰なのか分からないけど、とある人の言葉だった。
それを聞いて俺ははっとして、涙が引っ込んだ。
デパートで買い物をした後、駅とは違う方向。
それが何を指しているのか、俺にはすぐに分かった。
俺が強請ったから、お袋はカードショップに足を運ぼうとしたんだ。
その途中で二人は事故に巻き込まれて、そして朝日がこの世を去った。
俺がもしもお袋にカードを強請らなければ、次回で良いって言っていれば、起こらなかったことだ。
俺が朝日を殺したんだと、そう思った。
それからの事はあまりよく覚えていない。
ただその日を境に、俺はわがままを言うのをやめた。
自分の意見を通そうとするのをやめた。
でも他にもできることがあるんじゃないかと思って、他人を助けようと思った。
お袋や親父はもちろん、小学校や中学校、高校のクラスメイト、あるいは近所の人。
困っている人がいれば積極的に動いた。
少なくともそうすれば……他人のために動いていれば、その人を傷つけることもないから。
もう二度と、自分の我儘なんかのせいで大切な誰かを失わないように。
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