第63話 公園にて

 当てもなく自転車を走らせた。

 どうして私は自転車を走らせているのか、それは分からない。

 こうして追いかけたところで追いつける筈もない。


 それでも自転車を漕ぎ続けた。

 漕いで漕いで漕いで、そして優木の家の近くの公園に差し掛かった時。

 人気のない公園のベンチに腰掛けてスマホを弄る人影を見た。


 優木だった。傍には自転車も置かれている。


 私は公園の中に入り、彼の座るベンチへ。

 自転車の音を聞いて、彼は顔を上げて、そこに居るのが私だと知ると驚いた表情をした。

 ブレーキをかけて自転車を彼の自転車の横へ。


 降りて自転車をとめてサドルから降りれば、結構本気で漕いだからか、息が上がっていた。

 冬だから吐く息は白く、寒いのにうっすらと汗をかいているくらいだ。


 私はベンチに近づく。

 座っている優木の目線よりも私の方が少し上、その新鮮さを感じていると、彼が口を開いた。


「ら、嵐山さん……今スマホ見たんだ。それでちょうど返信したところで」


 自身のスマホを私に向ける優木。

 ポケットの中からスマホを取り出して私も確認してみると、確かに優木からの返信メッセージが届いていた。

 それを確認してポケットに戻し、私は静かに口を開く。


「隣……いい?」

「うん……」


 許可を得て、私は優木の隣に腰を下ろした。

 一つのベンチに座るのは初めてじゃない。

 そういえば前回はカラオケの後、優木が飯島先生の依頼で声をかけたことを告白したときだったかな。


 そんなことを一瞬だけ思ったけど、今は頭の中から追い出した。

 まずやらなきゃいけないことがあるから。


「ごめんなさいっ!」


 私は優木の方を向いて深く頭を下げる。


「え……ええ?……」


 困惑する優木の声が頭の上から聞こえた。

 けど頭を上げることはなく、そのまま口を開く。


「私……昨日の事を引きずっていて……感じが悪くて……」

「いや、それは俺も……どうすればいいのか分からなかったし……」


 その言葉に私は頭を上げて優木を見た。

 彼は私を見ていたみたいだけど、目線があってすぐに視線を外してしまった。


「ねえ、優木」

「……うん?」

「こんなことを言うのも変なんだけど……お願いがあるの」

「えっと……何かな?」


 胸の前で拳を作り、それを押し当てる。

 聞くのは勇気が要ること。そもそも私の思う暗い過去が本当に優木にあるのか確信がない。

 でも私は、それがもしあるなら彼の口からそれを聞きたいと思った。


「優木の過去について……聞かせてほしい」

「…………」


 目線を外したままだけど、それでも分かるくらいに優木が目を見開いた。

 私の方を向いた優木は少しだけ目を泳がせて口を開く。


「か、過去? ……そんなのないよ?」

「これまでずっと優木を見てきた。優木は体育祭でも修学旅行でも文化祭でも色んな人を助けてて、それは凄いと思うしその優しさに私だって救われた」

「…………」

「でもその中で、どこかそうしなきゃいけないっていう気持ちを感じたこともあった。……藤堂君が教えてくれたよ、優木が前、そういう風に誰かを助けないといけないって言っていたことを」

「……あいつ」


 私の言葉に優木は恨み言を言うように藤堂君に文句を言った。

 ごめんね藤堂君、今日聞いたこと、優木に話しちゃった。

 心の中で藤堂君に謝罪して私は言葉を続ける。核心を、突くために。


「でもそれは……優木にも私と同じで過去に何かがあったからじゃないの?」

「…………」

「文化祭終わった後にお母さんと話をしようって優木に提案されたことをよく覚えているよ。あの時は精いっぱいだったけど、今は不思議に思う言葉があるんだ。『まだ間に合う』『まだ取り返しがつく』……これって、優木の過去は……もう……」

「……い、いやいや……そんなのないよ。嵐山さんの考えすぎだよ」


 苦笑いをして否定をする優木。

 でも彼をたった半年の間とはいえ隣で見てきたからこそ、それが嘘だと分かった。


「……優木、私今からズルいこと言うね」


 だから私は、もう手段を選ばない。


「私は優木に自分の過去を全部話した。だから優木にも話してほしい。それがどんな過去でも私はちゃんと聞くし、向き合うから。……だから、聞かせて?」

「嵐山さん……」


 まっすぐに見つめれば、優木は少しだけ私の目を見つめ返してくれた後に迷うそぶりを見せた。

 けれど少しした後に観念したようにため息を吐く。


「分かったよ……ズルいな、嵐山さん。そんなこと言ったら話さざるを得ないじゃないか。でも確かに……俺だけが嵐山さんの過去を知っているなんて、フェアじゃないよね」

「ご、ごめん……」

「ううん、いいよ」


 流石にちょっと強引だったしズルだったと思って謝ったけど、優木は受け入れてくれた。

 ちょっとだけ安心して彼の言葉を待つ。

 少しして彼は私から視線を外して、誰もいない公園の方に目を向けた。


「昨日嵐山さんが俺の家に来てくれて、そして思いを打ち明けてくれた時、凄く嬉しかったんだ。これは本当で……俺、人から告白されたの初めてだったからさ。いっつも良い人止まりだったんだよね。だから、本当にありがとう」

「う、うん……」


 あまり思い出したくない昨日の事を話されて言葉に困る。

 しかし優木は依然として誰もいない公園に目を向けたままで話し続ける。


「でもいざ嵐山さんの事を考えたときに、俺は分からなくなった。迷っちゃったんだ」

「迷った……?」


 どういうことかと聞き返すと、優木は私の方を向いて寂しげに微笑んだ。


「俺も嵐山さんの事は好ましく思っているよ。……でも、俺がそれを受け入れて……幸せになって……本当に良いのかなって……そう思っちゃったんだ」

「何を……言っているの……?」


 優木が何を言っているのか全く分からなかった。

 幸せになっていけないって、どういうことなのか?

 そんなこと……そんな悲しい事……あるの? と思ってしまった。


「……話すよ、昔の事。俺が昔、何をしてしまったのかを」


 そうして優木は誰もいない公園で私に話してくれた。

 彼の過去に一体何があったのかを。

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