第61話 彼の、答えは

 優木の部屋で、私はこれまでの事を振り返りながら優木に話し始める。


「ねえ優木? 優木はずっと私の側にいてくれたよね。6月に話しかけた時、私は優木を拒絶した。あのときは、ごめんね」

「いや、あれは……ううん、気にしてないよ。だから謝らないで」

「うん、ありがとう。……でもその後、優木はV系に興味を持ってくれて、聞いてくれて、そこから接点が出来た」


 それが全ての始まりだった。

 たった一つのジャンル、V系。

 それが私と優木を繋いでくれた。


「一学期の期末試験の後にはカラオケに行って、優木はそこで上手く歌えなかった。でも夏休みの間に練習して、二学期の始業式には歌えるようになってた。あんな風に私の好きなものと真剣に向き合ってくれて、嬉しかった」


 二学期の始業式の日、私がカラオケで歌う優木を見てなんて思ったか知ってる?

 ああすごい、カッコいいなって思ったんだよ。

 優木は私の事をカッコいいって言ってくれるけど、頑張って努力したあなたの方がカッコよかった。


「学校で噂が立ったときも、優木は思いもよらない方法で解決してくれたよね。あれ、最初は驚いたけど、凄く嬉しかったんだ」


 優木だって傷ついている筈なのに、距離を取った私に思うところだってあった筈なのに。

 あなたは私に声をかけて、私を教室から、校舎裏にまた連れ出してくれた。


「修学旅行の時、行く前も、修学旅行の間も、優木はずっとそばに居てくれた。優木の優しさに、思いやりに助けられたんだ」


 修学旅行の三日目にはまた私の方からあなたを拒絶したのに、間違っていたと気づくまであなたは待っていてくれた。

 たった四日間の修学旅行であなたがやったことを、あなたはお節介かと思っているかもしれない。


 ううん、そんなことない。

 あなたの優しさに私は深く感謝してる。


「そして文化祭の後、優木は一緒に私の実家まで来てくれて、体も辛い筈なのに一緒に話をしてくれた。本当にありがとう。本当に本当に、ありがとう」

「……嵐山さん」


 そしてつい一昨日の事、あなたは私の一番の悩みを解消してくれた。

 三年も続いたお母さんとの確執を、あなたは出会ってからたった数か月で無くしてくれたんだ。


 ねえ優木? あなたは優しいから大したことはやってないって言うかもね。でもね。


「……ねえ、優木」


 私はね、そんなあなただから。


「私、優木の事が好き」


 この気持ちが大きくなって、そして抑えきれなくなったの。


「いつもそばに居てくれて、気にかけてくれて、過去も今も全て変えてくれた優木の事が好き。今もね、優木と一緒の空間に居るだけでドキドキする。優木の笑顔を見るだけで胸が苦しくなる」


 突然こんなこと言ってごめんね。

 そうだよね、驚くよね、今だって優木はびっくりして、目を見開いているから分かるよ。

 でも私の思いを聞いて欲しい。


 この気持ちは私の心の中にある強い強い、思いだから。


「優木と一緒にいると安心する。優木と一緒に色んな事をしたい。もう、この気持ちを止められない」


 だから私は、この関係を前に進めたい。


「もう、友達じゃ嫌なんだ……好きです。付き合ってください」


 まっすぐに優木の目を見て、全てを伝える。

 友人じゃなくてその先の関係を、求めた。


「…………」


 驚いたまま優木は私をじっと見つめている。

 でも私の中には希望があった。

 関係を進めたいっていう言葉に、優木なら受け入れてくれるんじゃないかっていう、希望が。


 優木の周りには女の人の影がない。

 一方で彼に一番近い異性は自分だっていう自負がある。


 それに驚きが引いた優木の表情には喜びが見て取れた。

 だから大丈夫、きっと受け入れてくれる、そう思った。

 思ったのに。


 一瞬だけ動きを止めた優木は目を瞑って何かを考えているようだった。

 そうして数秒だけ経過した後に、彼は私に視線を向ける。

 その時の表情を見て、私の口からは自然と声が漏れた。


「……え」


 どうして? どうして優木は困ったような表情を見せるの。

 どうして優木は答えに窮しているの?

 どうしてそんな苦しそうな表情をしているの?


「嵐山さんの気持ちは凄く嬉しいよ……でもごめん……少し……考えさせてほしい」


 目の前が、真っ暗になった。

 受け入れてくれるかもなんて、そう思っていた。

 でもそれは私のただの希望でしかなくて。


 私と優木は……一緒じゃなかった。


「……ごめん優木……今日は帰るね」

「ら、嵐山さん」

「ごめん……ごめんね……」


 床から立ち上がり、私は優木の部屋から逃げるように飛び出した。

 階段を慌てて降りて、靴を乱暴に履いて何も言わずに優木の家を出る。

 そのまま自分の自転車に乗って、漕ぎだした。


 もう誰にも今の私を見て欲しくなかった。

 このままどこかに消えてしまいたいような、そんな気分だった。




 ◆◆◆




 自転車を飛ばしてお姉ちゃんのマンションへ帰ってきた私は自室へ戻りベッドに倒れていた。

 そうしてもう、どのくらい時間が経っただろうか? 何もやる気が起きなかった。

 外は暗くなりかけていたけどカーテンを閉める力すら湧かなかった。


 どれだけ長い間こうしていたのだろう。

 優木の家に行ったのが朝の事だったから、もう6時間以上?

 それを自覚しても、特に何も思わなかった。


 戻って来てからずっと考えていた。

 最初の数時間は声を押し殺して泣いて……そしてその後は少し落ち着いて、でも気持ちは立て直せなかった。

 優木の言葉だけを捉えれば保留ではあるけれど、あまり望みがないのではとも思ってしまう。


 だってあの場で断ったら私の事を傷つけてしまうって、優しい優木ならそう思うと感じたから。


「……こんな……ことなら……優しくしないでよ……」


 そう言葉に出して文句を言ったけど、すぐに鋭い痛みが胸を刺した。

 言葉に出した私自身が一番よく分かっている。

 でも優しくしてくれたことが何よりも嬉しかったと。


 そんなことを言うのは間違いだと思いつつも、頭の中ではそう言いたい気持ちもあって。

 もうごちゃごちゃで……訳が分からなくなっていた。


「…………」


 静かな部屋にいると考えすぎて頭が爆発しそうになる。

 仕方なく私はベッドから起き上がり、乱暴にカーテンを閉める。

 そして立ち上がり、部屋の電気をつけ、スピーカーを操作して音楽を流し始めた。


「……はあ」


 自分で自分が嫌になる。

 さっきまでこの部屋で自分を責めて、そして優木の事まで責めて。

 それを後悔するくらい、間違っているって分かっているくせに。


「……優木のことなんて……きら――」


 胸が、痛い。


「き……ら……」


 痛い。痛いよ。

 ベッドに身を投げ出して、倒れる。

 柔らかい感触に包まれているのに冷たさだけを感じた。


 嫌い。

 口には出来ないからそう心の中で呟けば、悲しくて涙が出た。

 胸が、痛い。


「……好き」


 あっさりと、そっちの言葉は口から出せた。

 胸は痛まないけど、締め付けられるようだった。


「……っ……好き……好き」


 声を押し殺して、それでも小声で「好き」と呟けば呟くほどに胸の痛みは無くなるけど、締め付けられる感じがする。

 ダメだ……どれだけ考えても、どれだけ否定しようとしても、他に言葉が出ないくらい好きだ。

 好きで好きで好きで……朝の事があったのに少しも思いが消えてくれない、弱まってもくれない。


「……っ……はぁ」


 息を吐いて、考えることを一度止める。

 何も考えずに、ただぼーっとする。

 壁の方に目を向けて、その白さをじっと視界に収めるだけ。


 ちょうどその時、再生していた音楽が切り替わった。

 それまで明るいアップテンポな曲が、壮大なバラード曲へ。

 その二曲の曲名と歌詞を頭の中で呼び起こしたとき、私はふとあることに気づいた。


 優木とは多くのV系の曲について話した。

 彼はアップテンポな曲でも、バラードな曲でも、どんな曲調でも好んでくれた。

 でもその中で、ある特定の曲だけは微妙な反応だった気がする。


 バラード曲の中でも悲恋ではなくて、大切な人が居なくなってしまう曲は、感触が微妙だった。

 それが何でなのか少し疑問に思ったけど。


「はぁ……結局、いつも優木の事ばかり考えてる」


 そう呟いて、やっぱり考えない事なんて無理なんだろうと思って、また思考の海へと自身を投げ出した。

 そうして夜が更けて眠りにつくまで、私はただただベッドで横になり続けていた。

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