第39話 戻った彼女と気遣う者たち

 俺達を乗せた観光バスは二日間滞在した京都を出発し、約30分かけて大阪に到着した。 

 一日目、三日目と乗車したこのバスとも、明日にはお別れとなる。 

 少し寂しい気持ちになりながらも、俺達は次の宿泊先である大阪のホテルに入った。 

  

 この修学旅行は三泊四日で、前半の二泊が今まで泊まっていた京都の旅館。 

 そして今晩の一泊が大阪にある大きなホテルである。 

  

 新しい地、そして新しいホテルに多くの生徒は喜んでいるようだった。 

 むしろ最後の夜であることと、明日が多くの生徒が楽しみなテーマパーク巡りという事でテンションが上がっている人が多い印象だ。 

  

 この大阪のホテルでもすることは変わらない。 

 女子、男子の順に入浴し、夕食、その後は就寝時間まで自由時間だ。 

 行動班の班長は先生と話し合いの場があるらしいけど、俺達の班は栗原さんがやってくれているので俺は完全にフリーになる。 

  

 部屋割りに関しても京都のときと同じメンバーだが、これまでとは一つ異なる点がある。 

 それは六人を三人の二組に分けることだ。 

 布団を敷けばよかっただけの京都の旅館とは違って、ベッドのあるホテルでは六人が一部屋に入ることは出来ない。 

  

 だから三人二組に分かれて、隣同士の部屋になる。 

 組分けは事前に決めていたけど、俺は蓮、青木と同じメンバーになった。 

 ちなみにホテルの一室はとてもおしゃれで、入り口から入って少し歩けば、奥には綺麗に整えられたベッドが三つ並んでいた。 

  

 最初の方こそ新しいホテルや今日寝泊まりする部屋に興奮したものの、その興奮も入浴を終える頃には冷めてしまっていた。 

  

「はぁ……」 

  

 ため息を吐いて、浴場から自室に戻るための廊下を歩く。 

 ホテルの浴場もかなり広くてリラックスできたものの、昼の事を考えてしまい、気持ちは沈んでいた。 

 修学旅行もあと一日だというのに、なんていうタイミングですさまじい爆弾を持ち込んでくれたものだと、昼に会ったミキちと呼ばれた女子生徒に恨み言を言いたくなる。 

  

 まあ、もう会うこともないから考えるだけ無駄ではあるのだけれど、気持ちが上向くことはない。 

 少し憂鬱な気分で歩いていると、背後から声が聞こえた。 

  

「……夜空」 

  

 振り返るとホテルの廊下に蓮が立っていて、俺を気遣うような表情を浮かべていた。 

 きっと浴場から追いかけてくれたんだろう、少しだけ息が上がっている。 

  

「……蓮」 

「なあ、ちょっと話さないか。今日しか泊まらないホテルだし、もう少しゆっくりしたいだろ?それに、まだ時間はあるし」 

「……そうだな」 

  

 二人一緒に、事前に自由に使っていいと言われていたホールへ移動する。 

 昨日と同じような流れになったけど、心の中は180度変わっていた。 

 ホールに到着すれば、昨日と同じように小さなテーブル席を見つけてそこに腰を下ろす。 

  

 修学旅行でよく使われるホテルらしく、他にも人の姿が見えるけど、その全てが見たことのある顔ばかりだった。 

 楽しそうに会話しているのか、笑顔が多く目に入る。 

 座ってすぐに、向かいに座った蓮が口を開いた。 

  

「……今日の昼の話、ちょっとだけ聞いていたよ。ひでえよな、いくら何でもあんな言い方……」 

「ああ、あれについてはちょっとキレそうになった」 

  

 昼間の事を思い出すと、胸の内から熱い何かが溢れてくる。 

 けれどその怒りをぶつける相手もいないし、沈んだ気持ちにより、それはすぐに消えていった。 

 蓮はそんな俺をチラリと一瞥し、気遣うような声を出した。 

  

「……なあ、明日のテーマパーク、ペアで回ろうって昨日言っていただろ?」 

「え? あ、ああ……一応嵐山さんに聞いたけど、良いって言っていたよ。とはいっても午前中に観光バスで聞いたから、今はどうか分からないけど」 

  

 一応嵐山さんからもその件について了承は得ている。 

 その時は、いいんじゃない?、という返事をもらったけど、あれはお昼の一件が起こる前のことだ。 

 今の嵐山さんだったら断られてもおかしくない。 

  

 そのことは蓮も同意しているのか、頷いて話を切り出してきた。 

  

「ちょっと考えたんだけど、辞めるか? 委員長にだけ連絡すればいいから、まだ間に合うけど……」 

「…………」 

  

 蓮の言いたいことはよく分かる。 

 こいつはこいつなりに俺や嵐山さんの事を心配してくれているんだろう。 

 今の嵐山さんにとって、ペア行動をするより集団行動の方が話しかけられる機会が少なくなって気が楽かも……みたいなことを考えているのかもしれない。 

  

 それは分かる。分かるんだけど。 

  

「いや……何も変えないでいきたい」 

「で、でもよ……」 

  

 心配そうな目で俺を見る蓮。 

 そんな彼に対して、俺は首を静かに横に振った。 

  

「俺と嵐山さんは友人だ。今でもそう思っている。だから俺が、嵐山さんから距離を置くのは違うと思う。例え今日みたいになったとしても、俺だけは嵐山さんの側に居てやりたい。何もできないけど、傍に居ることは出来るから」 

「夜空……」 

  

 俺の正直に心の内を吐き出した言葉に、蓮は目を見開いて呟いた。 

 ほんの少しの間だけ、俺達の間に沈黙が流れる。 

 やがて蓮は小さく笑った。 

  

「分かった。じゃあ変更なしで行く。メンバーは昨日決めた通り、俺と栗原さん、青木と矢島さん……そしてお前と嵐山さんだ」 

「ああ」 

「……明日は頑張れよ、夜空」 

  

 蓮の言葉に、俺はしっかりと頷いた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 夕食後、東川は部屋に帰る途中の栗原を捕まえ、自動販売機コーナーの方に引っ張ってきた。 

 多くの自動販売機の他に飲みながら休憩もできるコーナーになっていて、そこのテーブル付きの椅子に栗原を座らせる。 

 最初の方こそ驚いていた栗原も、東川が言いたいことが分かったようで、最後の方はされるがままにされていた。 

  

 席に着き、東川は口を開く。 

  

「ねえ、嵐山さんのあれ、どういうこと? 一体何があったわけ?」 

  

 尋ねたのは嵐山に関すること。 

 昼の件を知らない東川は、ホテルに着いて一緒に行動を開始した嵐山の驚くほど冷たい態度に戸惑っていた。 

 昨日までもそっけない態度だったけれど、それなりに心は開いてくれていたように思えていた。 

 けれど今日の嵐山は取り付く島もない、と言った感じだった。 

  

 なら原因があるなら昼の行動だ。 

 一緒にいたであろう栗原ならおそらく何か知っていると考えての事。 

 もしこれで判明しなければ、東川は次に男子の藤堂、それでもダメなら優木に聞きに行くつもりだった。 

  

「……昼の自由行動の時なんだけど――」 

  

 事情を知っている栗原は昼にあった出来事を話す。 

 中学時代の嵐山の同級生に偶然出会った事。 

 そこで栗原からしても酷いと思えるような言葉を聞いたことを、栗原は包み隠さず話した。 

  

 話をするにしたがって、東川も話の中に出てきた女子生徒に思うところがあるらしく、少しだけイライラしているようだった。 

 栗原が全て話終わるころには、思わず叫んでいたくらいだ。 

  

「なにそれ!」 

「あ、東川さん、ちょっと声が大きいわ」 

「……ごめん、いやでも、いくらなんでも言い方ってもんがあるでしょ。しかも修学旅行のタイミングで……そもそもかつてのクラスメイトに会うなんて、嵐山さんも運が悪い……」 

  

 栗原に注意されても怒りは一向に霧散しないようで、腕を組んだ東川の指は忙しなく動いていた。 

 その様子を見て栗原は重々しく口を開く。 

  

「でも、それが原因なのは間違いないわ。あの後はずっとあんな調子だし、優木くんが話しかけてもそんな感じだったから……時間が解決してくれるだろうとは、思うけれど」 

「……はぁ」 

  

 苛々して指を動かしていた東川は大きく息を吐き、頭を手のひらでガシガシと掻いた。 

  

「まあ、あの二人なら大丈夫だとは思うけど……」 

「そうよ。私達はなるべく嵐山さんを刺激しないようにしましょう。特に東川さんは同じ部屋だから気を付けてね」 

  

 東川の部屋割りも男子と同じように二つに分かれる。 

 東川は嵐山、真下と同じ部屋で、栗原は別の部屋だ。 

 だからこの後嵐山に会うのは今ここでは東川だけだが。 

  

「……ええ」 

  

 小さく静かに、東川は呟いた。 

 話が一段落したところで、二人は立ち上がる。 

 ああは言ったものの、東川はしばらく微妙そうな顔をしていた。 

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