第2章 近づいた彼女との、修学旅行

第27話 次第に近づく修学旅行

 無事に中間試験も終わり、クラスは次の行事についての話で持ち切りになっている。 

 修学旅行、それは高校で一度しかない大きな行事にして、学生にとって一番楽しみな行事である。 

  

「明日の放課後に班決めかー。めっちゃ楽しみだなぁ、修学旅行」 

  

 それは俺の後ろの席に居る蓮も例外ではなく、明日の班決めにワクワクしているようだった。 

 かくいう俺も、当然修学旅行は楽しみである。 

  

「奈良に京都に大阪だよね……楽しそうだなぁ」 

  

 行く場所は事前に聞いていたから、感想を口にする。 

 俺達の通う霞ノ岳かすみのだけ高校は関東首都圏の学校であるから、修学旅行の行き先は例年関西方面らしい。 

 古い奈良や京都で昔の日本の文化を味わいつつ、最終日には大阪の大型テーマパークで遊んで思い出作りをするという日程は毎年人気らしい。 

  

 夜は夜でクラスメイトと一緒に寝泊まりもできて、高校三年間の中で記憶に残るような3泊4日にできたらなと、俺は考えていた。 

  

「なあ夜空ー、行動班と部屋割り、一緒の班にならね?」 

「いいよ。青木も誘うか」 

「いいね、そうするか。今日の夜にでも声をかけておくわ」 

  

 修学旅行の班は全部で二種類あって、昼間に奈良や京都、大阪を行動するときの行動班と、夜に旅館やホテルで一緒の部屋になる部屋割りがある。 

 班決めは明日だけど、二人~三人の小規模なグループはぽつぽつだけどでき始めていた。 

  

 俺も蓮から誘われて了承し、ゲーム仲間でもある青木を誘うことになった。 

 どっちもある程度長い付き合いだし、修学旅行をさらに楽しめるようなメンバーだろう。 

 後ろを向いて蓮と話していた俺は教室の前の扉がスライドする音を聞いて、担任の飯島先生が朝のホームルームに来たことを悟る。 

 前を向く途中で一瞬だけ嵐山さんを見たけど、彼女はいつも通りの無表情でじっと黒板を見ていた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 昼休み、今日は嵐山さんと一緒に食べる日という事で校舎裏へ向かう。 

 蓮は既にそのことに気付いているみたいで、特に誘ってくることもなく送り出してくれた。 

 少し時間を置いて教室を出て、校舎裏へ向かう。 

  

 人の姿が段々となくなり、やがていつもの場所に到着すれば、嵐山さんが座って待っていた。 

  

「こんにちは、嵐山さん」 

「こんにちは、優木。今日も作ってきたよ」 

「うん、本当にありがとう。楽しみにしていたんだ」 

「どういたしまして」 

  

 嵐山さんと昼食を食べるときは半分くらいの頻度で彼女のお弁当にありつける。 

 今日がまさにその日で、昨日の夜にRINEの連絡を貰ってからワクワクしていた。 

 彼女から真っ赤なお弁当箱――お姉さんの物らしいけど、毎回これを手渡してくれる――を受け取って開ければ、今日も今日とて美味しそうな料理の数々が出迎えてくれた。 

  

 感謝を告げて手をつければ、美味しさが口の中に広がる。 

 嵐山さんはほとんど冷凍食品だって言っていたけど、この卵焼きなんかは手作りだろう。 

 俺は全く料理が出来ないけれど、こうして料理が出来る嵐山さんは凄いなと、そう思った。 

  

 そうしてお弁当箱を綺麗に平らげて、今日も美味しかったよとお礼を言ったところで、俺達は適当な世間話を始める。 

 これが俺と嵐山さんが一緒に昼食をとるときのルーティンだった。 

  

「そういえば、そろそろ修学旅行だね。明日には班を決めるらしいし。嵐山さん的には……どう?」 

  

 多くの学生にとって楽しみな修学旅行の話題を振ってみる。 

 嵐山さんからも楽しみっていう反応を期待していたんだけど、その表情に影が射した。 

  

「……まあ」 

  

 彼女の反応は、微妙の一言に尽きた。 

  

「あ……えっと……」 

  

 何て言っていいか分からなくなって、俺は言葉に困ってしまう。 

 確かによくよく考えてみれば、嵐山さんはクラスの中では孤高の存在だ。 

 だからクラスメイトと何かをするという事にあまり慣れていない。 

  

 6月の体育祭や修学旅行の後にある文化祭は極力関わらないことが出来るけど、修学旅行はそうはいかない。 

 だから不安に感じているってことなのかもしれないと、その時思い至った。 

 どっちにせよ、今この話題を続けるのはあまり得策じゃなさそうだ。 

  

「あ、そういえばさ、昨日のドラマ見た? 探偵が悪夢を見るやつ」 

「うん、見たよ。面白かった」 

  

 ちょっと無理がある形で話題を変えたけど、嵐山さんもそれに乗ってくれた。 

 俺達はその後、昼休みが終わるまで他愛ない話を繰り広げたけど、俺の頭の片隅には修学旅行の文字がちらついていた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 翌日の昼休み、俺は後ろの席の蓮の席で、彼と東川と一緒に昼食を食べていた。 

  

「夜空? なんか元気なくね?」 

「んー? そんなことないよ。ちょっと考え事」 

  

 蓮の言葉にそう返して、俺は物思いにふける。 

 考えてしまうのは嵐山さんのことで、昨日の夜からずっと班分けについて考えていた。 

  

 修学旅行は行動班と部屋割りの班に分かれる。 

 行動班も部屋割りも全部で六人。 

 だから嵐山さんが少しでも楽しめるように、俺が彼女と同じ班になろうと思ったんだけど。 

  

「そういや、今日の放課後だったよな、班決め」 

「そうよ、行動班が男女3人ずつの6人、で部屋割りが男子のみ、女子のみで6人ね」 

  

 ちょうど言ってくれた東川の言う通り、行動班はなろうと思えば嵐山さんと一緒の班になれる。 

 嵐山さんと一緒に京都市街を回るのはきっと楽しいだろうから、そこはあまり心配していない。 

 けど部屋割りは流石に一緒の部屋にはなれないから、そこだけが少し心配だった。 

  

 嵐山さんはクラスメイトから距離を取られている。 

 彼女の立ち位置はクラスにおける孤高の存在っていうのは、昔の俺も思っていたことだ。 

  

 けど最近親しくなったからこそ分かる。 

 距離を取っているのはクラスメイトだけじゃなくて、嵐山さん自身もだ。 

 彼女はクラスメイトの事をあまり良く思っていない。 

 それがどうしてなのか分からないけど、彼女は周りを拒絶していると、強く感じていた。 

  

「…………」 

  

 無意識に嵐山さんのことを目で追ってしまう。 

 彼女は自分の席で昼食を食べ終わった後にそのゴミをもって立ち上がり、ゴミ箱に捨てる。 

 そして、そのまま教室を出ていってしまった。 

  

 閉じた扉をじっと見て、けれど何の解決にもならないことを悟って、小さく、本当に小さくため息を吐いた。 

  

「……?」 

  

 ふと視線を感じてそちらを見ると、俺をじっと見ていたのか東川と目が合った。 

 どうしたんだろうと思って、尋ねてみる。 

  

「東川?」 

「ん……なんでもないよ、ごめんね」 

「んん?」 

  

 どうして謝られたのかとか、どうして見ていたんだろうか、とかあるけど、東川がなんでもないと言うなら聞くことはないだろう、そう思ったとき。 

  

「そういえば蓮、あんたは夜空君と一緒に組むの?」 

「んあ? 修学旅行の班の話だよな? そりゃあそうだろ。むしろ真っ先に誘ったわ」 

「まあ、そうよね」 

  

 東川は急に蓮に話題を振っていた。 

 すでに昨日の朝に俺と話をつけている蓮は組むという答えを返す。 

 ちなみに昨日の夜にゲームをしながら青木とも話をして、彼も参加することが決まっている。 

  

 むしろどうしようか困っていたから、誘ってくれて助かった、って言っていたっけな。 

 これで俺達は3人組を作った訳だが、行動班も部屋割りも6人なのでいい感じにグループは組めただろう。 

 そんなことを思い出していると、東川はにやにやした顔で俺を見てきた。 

  

「夜空君―、気をつけなよね? 蓮ってば修学旅行本番は楽しむけど、それ以外はマジでやる気ないから。自由行動の場所とか、蓮に決めさせるのがコツだよ。中学の時だって、自由行動決める役を任せるまでぬぼーっとしていたんだから」 

「おい沙織、中学の時の話を出すのは辞めろ」 

「へえ、そうなんだ。じゃあ蓮はまずは京都の有名観光場所を全部調べて来てもらおうかな」 

「げぇ!?」 

  

 東川の提案に乗ると、目に見えて狼狽える蓮。 

 観光名所を調べるのって結構楽しいと俺は思うけど、蓮はそうじゃないみたいだ。 

 何事に関してもそうだけど、蓮は結構めんどくさがり屋だからなぁ。 

  

「しょうがねえなぁ……この藤堂様が、夜空君を完璧かつ素晴らしい観光名所に案内しよう」 

「すげえ、ハードルが高すぎて見えないくらいになった」 

「ああは言ったけど、夜空君も観光名所調べておいてね。メインは蓮で、サポートに夜空君って感じがおススメー」 

「はいよー」 

  

 東川の提案に応えていると、ふざけていた蓮が、そういや、と話を東川に振る。 

  

「お前は誰と班組むの? 女子から大人気な東川様なら、より取り見取りだろ?」 

「……あんたの言い方、ちょっと嫌らしいわね」 

「事実だろ……くぅー、沙織と同じだけの人気が俺にあればなぁ……」 

「あんたには無理よ」 

  

 ばっさりとそう返す東川に、ふざけるのを辞めた蓮は話を振る。 

  

「まあ、沙織なら色んなところから声がかかるだろうから、適当に組めるか」 

「…………」 

  

 蓮の言葉を聞いた東川は少しだけ黙って、視線を一瞬だけ別の方向に向けた。 

 その視線の先を追ってみると、席に座って次の授業の準備をする栗原さんが座っていた。 

  

「どうかな。今日の放課後になってみなきゃわからないよ。ね? 夜空君?」 

「え? まあ、そりゃそうだね」 

  

 急に話を振られて驚いたけど、東川の言う通りだからとりあえず頷いておいた。 

 扉が引かれる音が響いて、そっちを見てみると嵐山さんがちょうど帰ってきたところだった。 

  

 同じように東川も嵐山さんを一瞬だけ見て、そして蓮の机の上にある自分の飲み物を手に取って、飲んでいた。 

  

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