第28話 嵐山さんと同じ班になる
放課後、ついに運命の時――なんていうほど大それたことじゃないけど――である修学旅行の班決めが行われていた。
「じゃあ修学旅行の班を決めるぞ。まずは行動班からだ。この班分けを元に行きと帰りの新幹線の座席もこっちで決めるから、決まったら黒板に名前を書いてくれ」
そう言った飯島先生の後には各班の名前を書くひな形が出来上がっていた。
班の番号と、名前を書く場所が分かりやすいように下線が引かれている。
白と赤のチョークで色分けされているから、白が男子、赤が女子ってことなんだろう。
飯島先生の言葉で、騒がしくなり始める教室内。
とはいえ今日班決めがあることは事前に分かっていたことで、多くの生徒はグループを作るか、中には早速黒板に名前を書いている生徒もいた。
「さて、じゃあ俺と夜空と青木でいいんだよな? おーい青木、こっちこいよ」
「ああ、それで構わないよ」
後ろの席の蓮に応えれば、少し待った後に教室の後ろから青木が歩いてこっちに来た。
クラス内部では多くの生徒が立ち上がっていて、まるで放課後のような雰囲気だ。
飯島先生が目を光らせているからうるさく騒いだりとかはしていないけど。
「誘ってくれてありがとう。これで男子は3人決まったね。あとは女子かな?」
「ああ、そうなるな」
青木の言葉に、蓮は頷く。
そのとき東川が蓮の席へやってきた。
「どうする? 一緒に組む? こっちは適当に三人で組んだけど」
どうやら彼女は既に三人で組んだらしい。
遠くから俺達の様子を見守っている女子生徒が二人いるし、彼女達がその相手だろう。
女子の中でも人気のある東川にとって、このくらいは朝飯前という事か。
けれど一緒に組むかと尋ねてくる東川に、蓮は訝しげな表情を浮かべた。
「ん? いや普通に組むでいいんじゃねえか?」
「本当に良いの?」
「…………」
そして気づいた。
東川は蓮に聞いているんじゃない、俺に聞いているんだと。
俺に視線を向ける彼女の向こうで、ポツリと一人席に座って時間が経つのを待っている嵐山さんが居た。
俺は立ち上がり、東川を真正面から見る。
「ごめん東川、俺、女子で誘いたい人が居るんだ。だからもう組んじゃっている東川とは一緒には組めない」
東川の誘いを断ることは、実は声をかけられた時から決めていた事だった。
俺の言葉に東川は大きくため息を吐く。
「最初から言っておきなさいよ、まったく。こっちは良いから、そっちはそっちで好きに組みなさい」
「うん、ごめん……でも、ありがとう東川」
「どういたいましてー」
東川に頭を下げて、俺は目的の人物の元へと向かう。
なんとなく東川と嵐山さんの事を考えて事前には伝えていなかったけど、彼女の言う通り先に東川には言っておけばよかったなと反省した。
けど、この選択自体に後悔はない。
教室の一番後ろに行き、窓際へと足を進める。
そしてそこに座る人物に、声をかけた。
「嵐山さん、修学旅行の行動班、一緒に組まない?」
「…………」
あの日の朝と同じように、急に声をかけられて嵐山さんは目を見開いていた。
「……いい……の?」
「ああ、誘いたいって、ずっと思ってたんだ。どうかな?」
「うん……お願い」
「よしっ……じゃあちょっと待っててね」
俺は嵐山さんにそう言うと、クラスを見回す。
何人かが俺に注目していたけど、その中で一人の女子生徒と目が合った。
矢島さんと一緒にいた、クラス委員長の栗原さんだ。
俺は彼女の元に少し歩幅を速めて向かい、声をかける。
「栗原さん、もう三人組、組んじゃった?」
「いえ、まだよ。こっちの矢島さんと組むのは決めたんだけど、あと一人が決まらなくてね。ああ、あと男子もまだ決まってないわね」
かなり幸運なことに、まだ女子二人だけのグループがあったみたいだ。
どこか得意気な表情でそういう栗原さんは、ひょっとしたらこうなることを見越していたのかもしれない。
「なら、俺達と一緒に組まない? こっちは男子は俺に蓮……いや藤堂に青木。そして女子は嵐山さんなんだけど」
「ええ、構わないわ。矢島さんもそれでいい?」
「……は、はい……構いません」
矢島さんは少しだけ委縮したように答えた。
怖い嵐山さんの事を気にしているんだろう。
俺はメンバーが決まったこともあって、嵐山さんの方を見た。
嵐山さんは栗原さんに少し思うところがあるかもしれないけど、彼女もまた俺と同じで依頼を受けていただけだ。
俺と目を合わせた嵐山さんはまっすぐに俺を見ていたけど、小さく頷いた。
「じゃあ顔合わせをするから、藤堂の席まで来てもらってもいいかな。嵐山さんも呼んでくるよ」
「ええ、分かったわ」
「うん、分かった」
栗原さんと矢島さんが蓮の席に向かうのを見ながら、嵐山さんにも声をかけようと彼女の席を見たとき。
「席、行くんでしょ?」
驚いたことに、嵐山さんは自分の席を立って俺の近くまで来ていた。
あまり行動しない嵐山さんが行動していることに、他のクラスメイトは驚いているみたいだ。
けど俺は嵐山さんが行動を起こしてくれたことが嬉しかった。
「うん、行こうか」
俺は嵐山さんを引き連れて蓮の席に向かう。
人が集まっている中心には当然席の主である蓮がいて、彼は俺の事を「マジか」という目で見ていた。
隣に立つ青木は俺の後ろに居る嵐山さんをチラチラと気にしているけど、それ以上に矢島さんに目を向けているようだった。
「うーん……まあこれでメンバーは揃ったか。このメンバーで昼間の行動をするわけだけど、よろしくな。ちなみに俺は藤堂蓮、よろしく栗原さん、矢島さん……えっと、嵐山さん」
ムードメイカーの蓮が先手を打って挨拶をしてくれたけど、彼も嵐山さんの事が少し怖いようで、最後は少し小さい声だった。
「よろしくね、藤堂くん」
「よろしくおねがいします」
「よろしく」
三者三様の答え方をする女子達。
この流れに乗るなら今しかないと思って、俺も声を挙げた。
「じゃあ次は俺が。俺は優木夜空、高校で一度しかない修学旅行だから、ここにいるみんなで楽しめればと思ってる。もし困ったことがあったら何でも言って、なるべく力になりたいから。よろしくね」
「ええ、よろしく優木くん」
「はい、よろしくお願いします」
「よろ……しく……」
俺の言葉に反応を返してくれる女子達。
特に矢島さんとは体育祭の二人三脚で一緒に走ったからか、少し嬉しそうだ。
以前打ち解けていて、本当に良かったと思う。
一方で、嵐山さんの言葉はどこか空きがあった。
けど表情はいつもの無表情だから、この状況に対する混乱からまだ抜け出せていないのかもしれない。
そうして青木、矢島さんと自己紹介を終えて、次に栗原さんの番になる。
クラス委員長でもあり、しっかり者でもある彼女は、姿勢を正して自己紹介をした。
「私は
綺麗な笑顔を浮かべる栗原さんはまさに学級委員長って言う感じだ。
俺が話しかけたときに矢島さんに声をかけていたことからも、彼女なりに孤立しそうなメンバーに積極的に声をかけていたっていう事だろう。
そうして自己紹介は最後の一人へと移る。
全員の注目を浴びて、嵐山さんは言いにくそうにしながらも口を開いた。
「……嵐山莉愛。誘ってくれてありがとう……その……よろしく……」
しどろもどろになりながらも、嵐山さんは自己紹介を終える。
歩み寄ろうとする態度に青木や矢島さんの雰囲気がそれまでは怖がっていたものだったけど、少しだけ和らいだ気がした。
蓮や青木には嵐山さんが見かけほど怖い人じゃないってことは伝えてあるし、栗原さんは5月に飯島先生からの依頼で嵐山さんに接触したことがある。
矢島さんも弱気な人だけど、根はとてもいい人なのは体育祭で知っている。
だから嵐山さんの属する班としてはこれ以上ないメンバーなんじゃないかと、そう思った。
嵐山さんも少し戸惑ってはいるみたいだけど、嫌だとは思ってないみたいだし。
「よろしくね嵐山さん。じゃあ私、黒板に名前書いてくるわね」
「うん、お願いね栗原さん」
積極的に動いてくれた栗原さんが蓮の席を離れて黒板に向かう。
それを見送ると、視線を感じたので蓮の方を見た。
彼は俺と目を合わせて、不敵に微笑んだ。
「青木には言ったんだけど、近いうちに二日目の京都市内自由行動でどこを回るのかメンバーで決めるから、家で京都の観光名所について調べておいてくれ。矢島さんと……その……嵐山さんも」
「はい、わかりました」
「分かった」
蓮も蓮なりにこの班を上手く行くようにしてくれているんだろう。
いつも結構不真面目だったりするけど、こういったときは頼りになる。
そんな事を思っていると、しばらくして名前を書き終わった栗原さんが戻ってきた。
「あ、栗原さん、近いうちに京都の自由行動のルートを決めるから、有名な観光名所とか調べて来てね」
「ええ、わかったわ」
さっきいなかった栗原さんにも声をかける蓮。
それに対して返事をした栗原さんは、少しだけ考えると蓮に釘を刺した。
「当然だけど、藤堂君も調べて来てくれるのよね?」
「え? いや……と、当然だろ?」
「そうよね」
ニッコリと微笑む栗原さんと、冷や汗をかく蓮。
前言撤回、どうやらこいつは班を上手く行くようにっていう考えよりも、自分がちょっと楽をしたいがために声をかけたらしい。
何てやつだと思ったけど、それもそれで蓮らしいか、と納得している自分が居た。
「よし、決まったな。じゃあ一回席に戻れ。次に部屋割りの準備をするからな」
黒板の名前をメモしていた飯島先生が立ち上がり、教卓へ向かう。
行動班が決まった後は、旅館やホテルでの部屋割りを決める。
こっちもこっちでどうなるか……。
俺は唾を飲み込んで、自分の席に座った。
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