第26話 嵐山は愛について考える

 お姉ちゃんの借りているマンションの一室。 

 私はいつものようにお気に入りのV系の音楽を流しながら、スマホに目を通す。 

 流しているのは私が作成した特製のプレイリストで、全部再生すると大真面目に日が変わる程の曲数が収められている。 

  

 それをランダム順で再生しているから、時折、ちょうど聞きたかった曲が流れたりしてテンションが上がったりする。 

  

「…………」 

  

 スマホでは、SNSを開いて適当に目を通していた。 

 とはいえ気になる情報や新しい情報は無さそうで、画面をスクロールするだけ。 

 なんもないかぁ、と思ったところで、画面の上側にRINEの通知が表示された。 

  

「? 優木?」 

  

 タップしてRINEを開くと、優木からのメッセージだった。 

  

『ごめん嵐山さん! 明日の英語表現の宿題、教科書の122ページだったよね? 教科書学校に忘れてきちゃったから写真でそのページを送って欲しいんだけど、いいかな?』 

「……なにしてるの、優木」 

  

 はぁ、と呆れたようにため息をつくものの、私は少しだけ嬉しかった。 

 優木なら他に頼める友人は多かったと思うけど、私に頼んでくれた。 

 きっとついさっき英語表現の教科書を見せたからだと思うけど、頼られるのは嬉しかった。 

  

 仕方ないな、と思って、私はベッドから立ち上がり、自分の学校鞄の元へ。 

 英語表現の教科書を取り出して指定のページを開き、パシャリと一枚スマホで撮影した。 

 念のため写真アプリで確認して、問題なく読める写真写りであることを確認する。 

 それをRINEに添付して、優木に送信した。 

  

『ありがとう! 本当に助かるよ!』 

  

 すぐに既読がついて、返信のメッセージが来た。 

 これで大丈夫だろう。それにしても明日の朝やるでもいいのに今求めるなんて、勉強熱心だな、なんて思った。 

  

『お安い御用。もしまた聞きたいことがあったら、遠慮なく送って』 

『うん、ありがとう!』 

  

 RINEを落として、英語表現の教科書に目を落とす。 

 私も宿題をやらないといけないけど、夜でいいや、と思って、ベッドに戻り、腰を下ろした。 

  

「はぁ……んー!」 

  

 ため息をついて大きく伸びをする。 

 少しだけ心を落ち着けて、少しだけ考えた。 

 私が考えることと言えば好きなことばかりだったけど、最近はその中に唯一の友人が入り込んできた。 

  

 優木夜空。私の友人で、ちょっと変な人。 

 9月、10月と付き合いを重ねて、私は彼の事をますます変な人だと思っていた。 

 特に最近では朝から私にわざわざ話しかけて、自分からクラスの注目を浴びに行ったりしたし。 

  

「ただのお人よしじゃ……ないんだよね」 

  

 優木は交友関係が広いけど、多くの人は彼の事を「良い人」だと考えているようだ。 

 実際優木は色々な人の助けをすることが多い。 

 体育祭では運動が苦手な人のフォローをしていたし、日ごろでも授業で使うプリントや器具を運ぶのを手伝ってたりする。 

 どうしてそこまでするのか分からないけど、だから変な人だと思ってた。 

  

 盗み聞いた……たまたま聞いたけど、女子は優木の事を「良い人なんだけどねー」って話していたし。 

 それでいいじゃないかと思ったけど。 

 っていうか、彼女達が一体何の話をしていたのかはよく分からなかったな。 

  

 でもそんな彼が周りの人からの評価を恐れずに私に話しかけてくれたのは嬉しかった。 

 私の外見に囚われずに、私自身を見て、そして友人として扱ってくれる。 

 それがどれだけありがたい事なのか、きっと優木は知らないだろう。 

  

「本当……変な人」 

  

 そのままベッドに倒れ込んで、大きく息を吐く。 

 耳を音楽に傾けてみれば、ちょうど流れている音楽はArtificialというバンドの「愛の旋律」という曲だった。 

 既に解散したバンドの楽曲だけど、この曲は声高く愛について歌ったバラード曲で、高音が綺麗に響き渡るから私は好きだった。 

  

 それを聞きながら、私は頭の中で歌う。 

  

『嬉しくなる』 

『胸が少しだけ高鳴る』 

『この時間が、ずっと続けばいいと思う』 

  

 直接的なフレーズを聴きながら頭の中で歌っていると、私は不意に「あれ?」と思った。 

 この曲は何度も聴いたし、歌詞だって覚えている。 

 それこそ、カラオケで歌うことだってできるし、実際何度か歌ったこともある。 

  

 けど聞いていて、思うところがあった。 

 歌詞の節々に出てくるワードを頭の中で流すたびに、優木との日々が思い浮かんだ。 

 彼と一緒にいると嬉しいし、楽しくて胸が少しだけ高鳴るし、もちろんずっと続いても良いと思える。 

  

 思えるけど。 

  

『この気持ちを愛と呼べないなら、他に呼び方はない』 

  

 そのフレーズだけが、ずっと頭に残った。愛? 愛って、なんだろう? 

 名前には入っている。莉愛……お母さんが付けてくれた名前。ストレートに、愛って入っている。 

 でもそれが何なのか、よく分からない。 

  

 じゃあ優木と一緒にいることが、愛なのか? 

  

「……いやいや、そんなわけ」 

  

 私と優木は友人だ。気の合う、友人。 

 優木もそう言っていたし、私もその言葉の方がしっくりくる。 

 ああ、そういえば愛って、友愛とか親愛とか色々あるよね。 

  

 色々考えて、そんな結論に行きついた。 

 曲はラストのサビも盛大に歌い上げ終わって、次の曲に移ろうとしていた。 

  

「……いいや、先に宿題やろう」 

  

 訳もなく一人でそう呟いて、私はベッドから起き上がり勉強机に向かった。 

 流れている音楽は、さっきとは全く違う疾走系の曲に切り替わっていた。 

  

 第1章 怖い子との距離は、縮まる 完 



-------

【あとがき】

こんにちは、紗沙です。

以上で第1章は完結となります。続いての第2章は修学旅行がメインになります。さらに近づく優木君と嵐山さんの物語を、良ければ引き続きお楽しみください。


紗沙

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