第19話 新学期と嵐山さんのお弁当
「新学期になり、前回から2か月以上経ったこともあって、今から席替えを行う」
翌日、朝のホームルームと彼女の担当する一時間目の古典の授業で飯島先生が言った言葉を聞いて、そういえばそんなルールがあったな、なんて思った。
前回と同じようにくじを引く箱が用意されて、それをクラスメイトが次々と引いていく。
その中には蓮や東川、そしてもちろん嵐山さんの姿もあった。
特に嵐山さんは二連続で窓際の最後尾を引いていて、飯島先生は今回も裏で手を回しているのかと思ったけど。
「…………」
目を見開いて驚いていることから、どうやらそうじゃないみたいだ。
ってことは、単純に嵐山さんの運が良かっただけか。
それはそれで少し羨ましいな、なんてことを思った。
ちなみに俺の席は前回と同じというわけにはならなくて、廊下側の前から2番目っていう、微妙な位置になった。
ただ今回は今回で後ろに蓮の席があるから、休み時間とかは困らなさそうだ。
「ふむ……この席で二か月やっていくぞ。次の席替えは11月だ。では授業に入る。教科書の90ページを開け」
席替えが終わり、飯島先生は授業を開始する。
ノートと教科書を開いて、先生の授業を聞き、板書をノートに書き記す。
その中で、ポケットの中でスマホが一回だけ振動した。
飯島先生が黒板にチョークで書いているのを確認して、俺はこっそりとポケットからスマホを取り出して、机の下で確認する。
ホーム画面で表示されていたのは、嵐山さんのアイコンだった。
『今日は昼食、一緒にどう?』
開けばそんな文言が飛び込んできて、俺はすぐに指を動かして、「うん、一緒に食べよう」と返信した。返事はなかったけど、すぐに既読になったから見てくれたんだろう。
スマホをポケットに仕舞って、黒板を向く。
書き足された板書をノートに写して、俺は再び授業に集中した。
◆◆◆
「悪い、今日はちょっと用事があってな。明日一緒に食べようぜ」
「おっけー」
昼食を誘ってくれた蓮に断りを入れて、俺は教室を出る。
向かう先はいつも嵐山さんと待ち合わせをする校舎裏だ。
コンビニで購入した昼飯の袋を片手に、少しだけ足取りは軽い。
校舎裏に到着すれば、そこには自分の横に紙パックのジュースを置いた嵐山さんが待っていた。
彼女は俺に気付くと、無表情ながらも小さく手を挙げる。
俺も小さく手を挙げて返事をして、彼女の隣に腰を下ろした。
「席、離れちゃったね」
「担任も、二回連続で裏工作は出来なかった?」
「そうみたい」
微笑みかけると、嵐山さんは済ました表情で少しだけ微笑んで、紙パックのジュースをストローで飲んだ。
俺も昼食を食べようとしたところで、そういえばと思って嵐山さんに話しかけた。
「そういえば、今日はコンビニなんだね。珍しいね」
いつも嵐山さんはお弁当箱を持ってきていた筈だ。
でも今日は俺と同じようにコンビニのビニール袋が置かれている。
「今日はちょっとめんどくさくなって、作ってこなかった」
「やっぱり嵐山さんって、自分でお弁当作ってるの?」
「やっぱりって何?」
ジト目を向けられて、俺は慌てて首を横に振った。
「違うよ。意外だったっていう意味じゃなくて、前からお弁当だったでしょ? だから嵐山さん自炊できるのかなってずっと思ってたから」
「あぁ、そういうこと」
納得してくれたみたいで、嵐山さんはジト目を辞めてくれた。
まあ、最初に見た時は自炊が出来るのかと驚いたのは本当なんだけど。
「私、料理はそれなりに出来るよ。というか、しないといけなかったというか。出来るようになりたかったからそうなったっていうか」
「そうなんだ、すごいね……俺は全然できないからさ」
「……そういえばいつもコンビニで買ってきているみたいだけど、作って貰わないの?」
チラリと俺のコンビニのビニール袋を見てそう尋ねる嵐山さん。
聞いた後で、小さな口で菓子パンにかぶりついていた。
「うん、作っても良いって言われているんだけど、大変だろうからいいよって言ってるんだ。それにコンビニのパンとかも美味しいからね」
「……ふーん」
じっと、なぜか分からないけど嵐山さんは俺の事を見てくる。
いたたまれなくなって視線を外すと、「だったら」と嵐山さんが声を挙げた。
「作ってきてあげようか?」
「……え?」
突然の言葉に、俺は思わず彼女の方を見てしまう。
けど嵐山さんはいつもの無表情で、俺のことをじっと見ているだけだ。
「いや、悪いしいいよ。時間もかかるだろうし」
「一人分も二人分もそんな変わらないよ。ちょっと量増やすだけだし」
「うーん、でも……」
「それなら使った食材よりも少し高い金額で買うのはどう? それでも買うよりは安上りでしょ? そっちは昼食代が浮くし、私も金銭が手に入る。これならいいんじゃない?」
最初は嵐山さんに悪いと思って断ろうと思ったけど、条件のようなものを出されるとそれはそれでいいかもしれないと思い始めた。
それに嵐山さんの作るお弁当を食べてみたいっていう気持ちもあるし。
嵐山さんの方を見るといつもの無表情で。
彼女の表情を見て、頼んでもいいかも、と思った。
「じゃ、じゃあお願いしてもいいかな?」
「ん。作るときは事前に連絡を入れるね」
「うん、お願いします」
「楽しみ?」
「……正直、楽しみ」
尋ねられて正直に答えると、ほんの少しだけ嵐山さんの口角が上がった。
「よろしい」
そういった嵐山さんは嬉しそうで、俺も彼女がお弁当を作って来てくれるという事が嬉しかった。
◆◆◆
その日は朝からちょっとそわそわしていて、蓮や東川に変な目で見られてしまった。
蓮に関しては「お前、なんか変じゃね?」と言われてしまったけど、なんとかごまかした。
変なのは俺もよく分かっているし、それも仕方ないことだと思う。
俺に落ち着きがないのは昨日の夜に嵐山さんから連絡があったからだ。
明日――つまり今日、俺の分のお弁当を作って来てくれるという連絡が。
そのことが楽しみで、朝からずっとそわそわしているという事で。
そして昼休みのチャイムが聞こえるや否や、俺は立ち上がって教室を後にする。
事前に蓮には、今日は一緒に昼食を食べれない、と伝えてある。
引き留められることもなかった。
俺はいつもの校舎裏へと足早に向かう。
けどいつも校舎裏には、今回は誰もいなかった。
今日は嵐山さんが先に校舎裏に行っている番の筈なんだけど。
「……あれ?」
そう呟いてすぐ、後ろから足音が聞こえる。
振り返ると、呆れたような目を向ける嵐山さんがそこに居た。
「教室出て少ししてから追いかけたのに、どんどん早歩きで行っちゃって……。ここに早く来ても私が来ないとお弁当渡せないでしょ?」
「……す、すみません」
「まあ、そこまで期待してくれるのは嬉しいけど」
そう言った嵐山さんは俺の横をすり抜けていつもの場所へと向かう。
すれ違う瞬間に、彼女の口角がほんの少しだけ上がっていたような気がした。
けどいつもの場所に座った嵐山さんは無表情で……見間違いだったのかもしれない。
「はい、これ」
カッコいいデザインの手提げ袋から出てきたのは、家庭用のお弁当の包みだった。
幼稚園以来のお弁当に少しだけ感動して、俺は包みを開ける。
出てきたのは、真っ赤なデザインのお弁当箱だった。
「男性用のデザインのお弁当箱がないから、お姉ちゃんのになっちゃった。それは許して」
「ううん、全然いいよ!」
少しだけテンションを上げながら、俺は弁当箱を開く。
色とりどりのおかずが、出迎えてくれた。
「……すごい」
「大げさだって。言ってもほとんど冷凍食品だよ?」
「いや、それらが一つのお弁当にまとまっているっていうのがすごい」
「……なにそれ」
呆れたように俺を見る嵐山さんを他所に、箸を片手に一口。
口いっぱいに、美味しさがすぐに広がった。
「うん……すっごく美味しいよ」
「そう? よろこんでもらえたなら何より。ただお金は後で請求するからね」
「これなら、全然多く支払うよ!」
「まいどあり」
真顔でそんなことを言う嵐山さんに微笑んで、俺は食事を進める。
隣で食べている姿を何度か見ていたときから美味しそうだなと思っていたけど、本当に美味しい。
わざわざ時間をかけて作って来てくれた嵐山さんには感謝ってやつだ。
感謝のしるしのために、きちんとお金もお支払いせねば。
そう思いながらチラリと嵐山さんの方を見ると、当たり前だけど彼女もお弁当だった。
その中身も当然俺のと同じになっている。
誰かと同じものを食べるのは初めての事じゃない。
家族とはそうだし、蓮ともなんどかある。
けどその中に嵐山さんっていう新しい1ページが加わって、それが嬉しかった。
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