第18話 嵐山は彼のことを考える
お姉ちゃんのマンションの中にある私用に宛がわれた部屋。
そこで私はベッドに寝ころんで天井を見上げていた。
思い出すのは、つい最近までの事。
私の隣の席の男子、優木夜空は不思議な人だ。
彼とは4月に2年に上がってから一緒のクラスになったけど、最初の印象は人気者だった。
ほとんどのクラスメイトは彼の事を知っているみたいで、多くの人から話しかけられていたと思う。
そんな彼と最初に接点を持ったのは6月。
席替えとかいう、正直別に嬉しくもない出来事がきっかけだった。
窓際の一番後ろの席を取れたのは良かったけど、その隣が優木だった。
席替え後すぐに、彼は私に話しかけてきた。
ご迷惑なことに、人気者さんは私と仲良くなろうとしているらしい。
そんなの、余計なおせっかいだった。だからいつも通り冷たい反応をした。
4月の担任と同じように、5月の委員長と同じように。
けど一回や二回では引き下がらない様子に、私は優木が担任から差し向けられた刺客だと理解した。
本当に迷惑で、しかも今回はクラスでも人脈が広い優木だ。
彼から話しかけられるたびにクラスの何人かが私に視線を向けるのが分かった。
すぐに背けるけど注目を浴びていることに変わりはなくて、酷く億劫だった。
『しつこい』
『関わらないで』
だからきっぱりと断った。それにより優木は話しかけてくることはなくなった。
この時はそれでいいと思った。これでまた平穏な日々に戻ったって、そう思った。
けどその後すぐに、優木は私の好きなもの――音楽について聞いてきた。
最初はそれが私と仲良くなるための口実だと思って、イライラした。
話しかけられるだけでも面倒なのに、好きなものの話なら乗ってくるだろうみたいな魂胆があると思い込んで、怒りを抱いたけど。
『俺……聴いた曲をノートに纏めてるんだ……その……これ見てもらった方が……早いかなって』
差し出されたノートには、曲名と感想が書かれていた。
それも一言二言じゃない、どの部分が良いかとか、どの歌詞に感動したとか、事細かに書かれていて、ノートを見るだけでこれを書いた人の気持ちが伝わってきた。
正直なことを言うと、私が好きなV系の音楽は同年代で知っている人がほとんどいない。
既に活動を休止、あるいは解散してしまったバンドがほとんどだし、活動中の世代である20歳ほど上の人達でも知らない人がそれなりにいるだろう。
どうしてそれを知ったのかと思って聞いてみたけど、どうやら私のバッグのグッズが気になって調べたかららしい。
そこから曲を聴いてみてドはまりしたんだとか。
しかも塾の先生とやらがV系に詳しい人らしく、その人から曲を仕入れられたということらしい。
なるほどと思うと同時に、私は優木にV系のアーティスト「Dear World」の楽曲の内、彼のノートに書かれていなかった曲を書いて渡した。
思えばこれが、私と優木の奇妙な縁の始まりだったんだと思う。
教えた曲をすぐに覚えた優木は、やがて私にV系の事をもっと教えて欲しいと言ってきた。
知りたいという新入りに応えるのもファンの役目かと思いつつ、お互いの時間の事もあるから放課後に時間を取ったけど、結局それじゃ足りなくなったのか昼休みも今は時折会うようにしている。
優木は完全にV系に嵌ってしまったようで、私の話を目を輝かせて聞いていた。
V系を知ったばかりの頃の私もこんな感じだったのかな、なんてことを思ったりしたけど、不思議と悪い気はしなかった。
それに……色んな人が微妙な目で見る私の姿をカッコいいって……そう言ってくれたし。
楽しかったっていうのは、本心。
『嵐山さん、良ければ今度、カラオケ行かない?』
ある日、私の趣味を聞いた優木はそんなことを言った。
私の話を聞いて、V系を楽しく歌いたい私のために一緒に行こうって言ってくれたのは分かった。
けど、その結果があんなことになるなんて、思ってもいなかった。
期末試験の最終日、行きつけのカラオケ店で、優木は歌いなれていないV系の曲を歌って。
そして自分の喉を、限界を越えて酷使した。
歌えなくなって咳き込んで、それでもまだ歌おうとする優木。
流石にこれ以上はダメだと思って止めたけど、その時の彼の悔しそうな顔をよく覚えている。
カラオケ店を出た後の、彼の決意に満ちた顔もだ。
『嵐山さん……俺、練習するよ。しっかり歌えるように、嵐山さんみたいに気持ちよく歌えるように、練習する』
彼は諦めていなかった。
練習してまた歌うからと、今度こそは時間いっぱいまで楽しもうと、そう言ってくれた。
私はV系が好きだけど、他の人が歌うことに対して抵抗は全くない。
流石に下手過ぎるとちょっと思うところはあるけど、優木くらい上手ければ十分に楽しめた。
それに、喉を枯らしてでも歌ってくれただけで十分だった。
だけど優木はそうじゃなかったみたいで、彼の瞳の奥に、炎が見えた気がした。
そんな優木が頑張るって言うなら、そしてもう一度また来たいって言うなら、私の返事は一つしかない。
『いいよ』
頑張れ、優木。
そう心の中で思って、私は返事をした。
そして今日、始業式の後に優木は言ったことを本当にした。
カラオケに入って最初に歌ったとき、その歌声のあまりの違いに本当に本人かと思ったくらいだ。
夏休みの間練習するだけでここまで変わるなんて……いや、そのくらい必死に練習したんだろう。
だって優木は頑張って頑張って、前回は歌いきれなかったV系の曲すら歌いきったんだから。
あの時の優木は本当に頑張っていたし、歌っているときは何度も頑張れ、頑張れって思った。
歌いきった時には少し感動して声をかけてしまったくらいだ。
体を横に向ければ、ベッド横の壁が目に入る。
意味もなくそれをじっと見つめて、私は小さく呟いた。
「優木……夜空……」
彼が言うに、きっかけは思った通りあのお節介な担任だったらしい。
でも優木がV系を心から好きになってくれたのは見ていれば分かるし、夏休みの間に努力したのも分かる。
それにV系に嵌ったとはいえ、彼は私が好きなものをあそこまで好きになってくれて、そしてV系の曲を歌うために……私ともう一度カラオケをするために努力をしてくれた。
それが何でなのか分からないけど、嬉しかった。
彼は違うのかなって思ってたし、きっと違うんだろうって今は思う。
「…………」
もっと彼の事を知りたい。
もっと彼と、色々な話をしたい。
V系は勿論、普通の高校生がするような他愛ない話も、してみたい。
友人っていう関係性ならそれが普通だし、私達はそうだって優木は言ってくれたから。
「……早く明日にならないかな」
部屋に私の少しだけ嬉しそうな声が響いて、静かに消えていった。
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