第17話 そして怖かった彼女は、近い人になった

 今回は気持ちよく会計を済ませて、俺と嵐山さんはカラオケ店を出る。 

 声が少し枯れているけど、この様子なら明日には治っているだろうと思った。 

  

「……じゃあ、帰ろうか」 

  

 そう言った嵐山さんは駅の方を見ていて、彼女が前回は俺をわざと一人にしてくれたことを知った。 

 嵐山さんは今回、俺に付き合ってくれた。 

 本当なら前回のカラオケで失望してもおかしくないのに、俺の事を気にかけてくれたし、今回上手くいったときは喜んでくれた。 

  

 俺は、そんな彼女に伝えたいことがある。 

 いや、伝えなきゃならないことがある。 

  

「……俺、嵐山さんに謝らないといけないことがあるんだ。少しだけ話をしたいんだけど、時間あるかな?」 

「……どういうこと?」 

「それは……」 

  

 言い淀むと、俺をじっと見ていた嵐山さんはため息を吐いて、俺に背中を向ける。 

 変なこと言っちゃったかな、と思ったとき。 

  

「ついてきて……こっちに公園があるから、そこで話して」 

「あ、う、うん」 

  

 どうやら嵐山さんは話を聞いてくれるみたいだ。 

 先をすたすたと歩く彼女の背中を、小走りで追いかけた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 嵐山さんについていくと現れたのは、小さな公園というよりも広場だった。 

 人の姿はちらほらとあるけど、そこまで多くはない。 

 多く設置されているベンチの一つに隣同士で腰を下ろすと、嵐山さんはすぐに口を開いた。 

  

「それで?」 

「あ……っと」 

  

 心を落ち着かせて、息を整える。 

 心臓が音を立てるけど、俺は彼女に謝ると決めたんだ。 

  

「ご、ごめん嵐山さん!」 

  

 彼女の方を見て、俺は深く頭を下げた。 

 そしてそのまま、事情を説明する。 

  

「実は、6月から嵐山さんに声をかけていたのは飯島先生に頼まれての事だったんだ。クラスで一人の嵐山さんを何とかしてほしいって言われて、それで」 

「……それで?」 

「嵐山さんとの仲がどれだけ進展したかとか、クラスに打ち解けそうかとかも、報告してたんだ。で、でももうしないって飯島先生には言った!」 

「それで?」 

「そ、それで!? えっと……ゆ、友人として嵐山さんと仲良くしたいから、先生からの依頼はもう終わりにしてもらったんだ!」 

「それで?」 

「え、えぇ!? あとはその……6月の席替えは飯島先生が裏で俺と嵐山さんが隣になるようにしてくれたみたいで……って」 

  

 あまりにも「それで?」と言われるから必死にこれまでの事を話していると、嵐山さんの様子に気づいた。 

 怒っていると思った彼女は無表情ながらも雰囲気は冷たくなくて、むしろ穏やか? にも感じられた。 

  

「ら、嵐山さん?」 

「知ってたよ」 

「えぇ!?」 

  

 彼女の言葉に俺は驚いて大きな声を出してしまう。 

 周りの人が何事かと思ってこっちを見たので、少しだけ体を小さくした。 

  

「4月に担任から始まって、5月に委員長、で6月に優木。流石に気付くよ。あぁ、こいつも担任に言われて近づいてきたんだなって、そう思ってたし」 

「そ、そうだったんだ……」 

  

 というか、こいつって……いや6月の時点では嵐山さんと俺に接点なんてなかったんだから無理もないけど。 

 でも、だったらなんで嵐山さんは怒ってないんだろう? 

 そう思って視線を向けると、嵐山さんは少しだけ微笑んだ。 

  

「優木はさ、本気でV系好きでしょ?」 

「え、うん、それはそう」 

「見ててそれが分かったからさ、だったら別にいいかなって。きっかけはともかく、今優木は私と同じV系の熱烈なファン。なら、仲良くするのに理由は十分でしょ? それにもう担任には報告しないみたいだし」 

「……嵐山さん」 

  

 嵐山さんは分かっていて、俺と仲良くしてくれていた。 

 それはきっと、V系に嵌っていることに気づいてくれたから。 

 この時ばかりは、俺がV系に心を奪われて本当に良かったと、そう思った。 

  

「……というか、担任に報告しないって言ったのはいつなの?」 

「あ、それは7月の終業式。本当はもっと早く言おうと思ったんだけど、このためだけに呼び出すのは流石に気が引けてさ。それに夏休みだったし、嵐山さんも予定があるかなって」 

「別に、RINEでいいじゃん」 

「いや、こんな大切なことをRINEで伝えるのはちょっと」 

「なにそれ」 

  

 小さく笑う嵐山さんを見て、俺は思った。 

  

 あ、また笑ってくれた、って。 

 小さな笑みだったけど、確かに笑ってくれた。 

 俺の中で、嵐山さんの人物像が変わりつつある。 

  

 最初はとっても怖い人だと思ってたけど、そのうち怖さはなくなっていって、今は俺と同じ学生なんだって、そう思えるようになった。 

 当たり前だけどクラスの女子と変わらない、普通の女の子。いや、むしろ。 

  

 そこまで考えたところで嵐山さんは空を見上げて、口を開いた。 

  

「話はそれで終わり?」 

「え? う、うん」 

「そう……許すよ。これくらいなら、全然許す……じゃあ、帰ろうか」 

  

 立ち上がった嵐山さんから少し遅れて、俺も立ち上がる。 

 隣に立って嵐山さんを見ていると、少しだけ彼女も変わったように見えた。 

 雰囲気は柔らかいし、さっきも心なしか口数が多かった気がする。 

  

 ひょっとしたら、こっちが本当の嵐山さんなのかもしれない。 

  

「嵐山さん」 

「ん?」 

「明日からも、よろしく」 

「うん、よろしく」 

  

 あぁ、やっぱり以前とはちょっと違う。 

 今の返事だって、前までなら「別に構わない」って言ってたはずだ。 

 そんなことを思いながら、俺は嵐山さんと一緒に家へと帰る。 

  

 少しだけ変わった彼女だけど、その変化が俺にとっては嬉しかった。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 家に帰って自室に戻る。 

 部屋着に着替えて、ベッドに寝ころんだ。 

  

「……楽しかったな」 

  

 思い出すのはさっきのカラオケの事。 

 嵐山さんとV系の話をするのはとても楽しいけど、カラオケもすごく楽しかった。 

 終わり際にはまた来たいって言ってくれて、嬉しくなったくらいだ。 

  

「次に歌う曲でも、考えるか」 

  

 気が早いとは自分でも思うけど、そういえば歌えばよかったなっていう曲が頭の中に1、2曲浮かんでいた。 

 それに今回歌った曲についても、もっと練習して、もっと上手くなりたいって思った。 

 そうすれば、もっともっと嵐山さんと楽しめる筈だから。 

  

 ふと、これまでの事を思い返す。 

 V系について詳しく話す嵐山さんや、実は歌が上手い嵐山さん。 

 そして、意外と多くを話してくれたさっきの嵐山さん。 

  

 ……俺しか知らない、嵐山さん。 

  

 それも悪くないなと思っていると、コンコンッと部屋の扉がノックされる。 

  

『夜空、マカロン買ってきたんだけど、食べる?』 

「あ、うん、行くよ」 

  

 返事をしてベッドから起き上がり、部屋の扉へと向かう。 

 気持ちは、驚くほどに軽かった。 

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