第13話 彼女と、真の意味で友達で居たいから

 終業式まで、特に代わり映えのない日々を過ごした。 

 テストの点数は問題なかったし、嵐山さんとの昼休みや放課後もいつも通り楽しめている。 

 カラオケについては曲を聴くのは継続しているし、休日に一人カラオケに挑戦してみたけど、あまり効果が出ているようには思えなかった。 

  

 そんなわけで2年の一学期が終わる終業式を迎えた日、夏休みに期待しつつも宿題の多さに文句を言っているクラスメイト達と会話をしていると、飯島先生が教室に入ってきた。 

 自分の席に着くと、嵐山さんは相変わらず自分の席から一切動くことなく座っていて、飯島先生が教卓に立って、初めて彼女の方を向いた。 

  

「皆、1学期お疲れ様。明日から待ち望んでいる人も多いであろう夏休みに入る。精いっぱい遊んで、存分に楽しんでくれ」 

  

 その言葉にクラスで歓声が上がる。 

 喜ぶ生徒を見ながら微笑んだ飯島先生は、「ただし」と言葉を続けた。 

  

「夏休みの宿題はきちんとやってくるように。あと、羽目を外しすぎないようにな。周りへの迷惑もきちんと考える事。高校生になって学校に苦情が来るなんて、ありえないと思うがな」 

  

 睨みを聞かせる飯島先生の言葉に、緊張した声で「はい」と呟いたり、頷いているクラスメイト達がいた。 

 教室を見渡した飯島先生は「よし」と言って頷き、最後に俺の方を見た。 

  

「優木、進路の件で少し話がある。終業式の後で申し訳ないが、職員室に来てくれ」 

「はい、分かりました」 

  

 最初は一体何だろうと思ったけど、すぐに毎月の終わりの報告の件だと思い至った。 

 毎月呼び出すのも変だから、進路の件っていう感じでぼかしてくれたんだろう。 

 蓮にもそういうふうに伝えているし、ちょうど良かった。 

  

 ふと隣に座る嵐山さんに目を向ける。 

 今日は終業式だから昼休みはなく、放課後に彼女と会う予定もない。 

 つまり今日が終われば、嵐山さんと会うのは9月ってことになる。 

  

「以上だ、よい夏休みを」 

  

 飯島先生の言葉でホームルームが終わる。 

 それと同時に帰りの支度を始めたり、夏休みの予定を詰め始めるクラスメイト達。 

 その中で嵐山さんはいつも通りの動きで鞄を肩にかけて、教室の扉に向かう。 

  

 そのまま目を合わせることなく、嵐山さんは教室を出ていってしまった。 

 これから嵐山さんと会えなくなるのは少し寂しいけど、V系の話題についてはRINEで出来ればな、と考えている。 

  

 そんな事を思っていると、蓮が俺の席へやってきた。 

  

「おっす夜空。この後沙織達と買い物や飯に行くんだけど、一緒に来るか?」 

「あぁ、行くよ。あ、でも先生と話すから少しだけ待ってもらっても良いか?」 

「あぁ、構わないぜ。さっくり行ってきな」 

「おう」 

  

 蓮と今後の予定を簡単に決めて席を立ちあがり、教室の後ろの扉に向かう。 

 飯島先生が待つであろう職員室に足を向けた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 明日から夏休みという事で、扉を開けると職員室の中にはリラックスしている先生達が居た。 

 その中で奥に居た飯島先生と目が合う。 

 彼女はすぐに自分の席から立ち上がって、小走りで俺の元へ来てくれた。 

  

「悪かったな優木、夏休み前に呼び出してしまって」 

「いえ、大丈夫です」 

  

 飯島先生は5月と同じように生徒指導室に俺を案内してくれる。 

 入るのは今回が初めてというわけじゃないのに、やっぱりこの部屋は緊張するというか、なんというか。 

 部屋に入り、以前と同じように対面に腰を下ろした。 

  

「さて、あまり時間をかけずに行こう。その後どうだ、嵐山とは?」 

  

 予想通りの質問に、俺は頷いて返す。 

  

「仲良く出来ている……と思います」 

「そうか……それは良かった」 

  

 俺の返事に、飯島先生は心底安堵したようだった。 

 彼女はそのまま続けて口を開く。 

  

「優木、悪いがこの調子で嵐山のことをよろしく頼――」 

「すみません、先生」 

  

 飯島先生の言葉を遮って、俺は声を発した。 

  

「嵐山さんに関する報告を、俺はもうしません」 

「ゆ、優木? 一体どういう……」 

  

 飯島先生は戸惑った様子を見せるけど、これはここに来るまでに決めたことだった。 

 嵐山さんをなんとかしてほしい、っていうのが飯島先生からの依頼だった。 

 それを受けて、俺は動いていた筈だった。確かに最初はそれが全てだった。 

  

 でも嵐山さんとの関わりの中で、俺は飯島先生の依頼だからじゃなくて、俺が楽しいから嵐山さんと一緒に居たいと思った。 

 そう思ったときに飯島先生の依頼を継続し続けるのは、なんだか嫌だった。 

  

「俺は先生からの依頼とは関係なしに、友人として嵐山さんと仲良くします。 

 だから嵐山さんに関しては、もう報告しません。 

 それに彼女がクラスメイトと仲良く出来るかどうかとかも、彼女の自身に任せるつもりです」 

「…………」 

「だから依頼に関しては、ここで終わりにさせてください」 

  

 俺は誰かに依頼されたからじゃなくて、自分の意志で嵐山さんと仲良くしたいと思った。 

 依頼を受けた今のまま、これから先嵐山さんと一緒に過ごすのが、どうしても嫌だったから。 

  

 だから頭を下げて依頼を断る。 

 飯島先生からしてみたら突然のことだから、怒られるだろう。 

 そう思ったけど、こればっかりは譲る気がなかった。 

  

 しばらく部屋は静かだったけど、やがて小さな息の音が聞こえた。 

  

「……やめてくれ優木、それじゃあまるで私が悪者みたいじゃないか。すまなかったな……私はお前に、負担をかけてしまっていたみたいだ」 

「……先生」 

  

 頭を上げると、目じりを下げた飯島先生が俺を見つめていた。 

  

「悪いことをした。これからはこの件で呼び出すことはないだろう。ただ優木……もう一度聞かせてくれ……お前は友人として、嵐山と仲良くするんだな?」 

「……はい」 

「そうか、それが聞ければ十分だ。ありがとう優木。お前に頼んで、本当に良かった」 

  

 そう言って先生はにっこりと微笑んだ。 

 何て返せばいいのか分からなくて、俺は小さく頭を下げることしかできなかったけど。 

  

「もう行っていいぞ、夏休み、存分に楽しんでくれ」 

「はい、ありがとうございました」 

  

 なんとなく、立ち上がってお辞儀をしてから生徒指導室を出ていく。 

 自分の教室に続く廊下を歩きながら、日の光で満ちた廊下を見て思う。 

 言いたいことは全部伝えたし、先生も受け入れてくれた。 

  

 先生と話すまで胸につっかえていた何かは完全に消えていて、足取りは少しだけ軽くなっていた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 優木のいなくなった教室で、飯島はソファーの背もたれにもたれかかる。 

 深く沈んでいく体の感覚を感じながら、「はぁ」と大きな息を吐いた。 

  

「友人……か」 

  

 思い出したのはさっきの優木の言葉だった。 

 飯島はお節介かと思いつつも、嵐山のことを気にするのを辞められなかった。 

 だから4月の後半は声をかけたりしたし、それで効果がないと思った後はクラス委員長の栗原に頼んだりした。 

  

 それでも結局上手くいくことはなかったので、最後の手段として頼ったのが優木だった。 

 授業やホームルームで見ているだけではどうなっているのかが分からなかったけど、彼は彼で嵐山と打ち解けて、仲良くなっていたらしい。 

 それも自分の予想をはるかに超えて、友人とまで呼べるほどの関係に。 

  

 自分は何もできなかったけど、優木と嵐山が仲良くなって、本当に良かったと思う。 

 だから飯島は、ポツリと自分の気持ちを吐露した。 

  

「……もう嵐山は……大丈夫だろう」 

  

 優木は嵐山がクラスと打ち解けるかどうかは彼女に任せると言った。 

 これまでの嵐山ならその言葉を聞いて不安が残ったかもしれない。 

 けど今の嵐山には優木がいる。 

  

 それならきっと、彼女は大丈夫だろう。 

 根拠はないけれど飯島はそう思ったし、それが間違いではないと感じた。 

 だからこの日を境に、飯島は嵐山の事を心配するのを辞めた。 

  

 こうして飯島の4月からの心配事も優木への依頼も、完全に終わりを告げた。 

 満足そうな顔をして、飯島も生徒指導室を後にした。 

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