第11話 嵐山さんと、カラオケに行く約束をした
その日の昼休み、俺と嵐山さんは校舎裏に集まって昼食をとりながら話をしていた。
話の場を放課後だけじゃなくて昼休みも増やすことで嵐山さんとの会話の回数が増えたから、V系以外にも世間話をすることもあった。
「そろそろ期末試験だね。この時期は試験対策の勉強ばかりになって息が詰まるよ。
嵐山さんはどう?」
「……ぼちぼち」
話の話題は高校生なら嫌な人が多いであろう試験について。
うちの高校も他の高校と同じように試験があるし、あまりにも低い点を取ると赤点になる。
この時期になるとクラスメイトも休み時間に勉強している人が多くなってきた。
かくいう俺も1週間に1度の塾の授業を前倒しにしてもらって、分からないところを風見先生に聞いて対策している。
嵐山さんにも試験について聞いてみると、いつものように無表情で返答があった。
声の調子から判断するに、大丈夫ということだろう。
「嵐山さんは、どの教科が得意なの?」
うちの高校では順位が張り出されるようなことはない。
だから誰がどの教科が得意か、といったことは本人に聞かないと分からないわけで。
「……現代文」
「現代文かぁ……読みやすい文章だと良いんだけど、今みたいな難しいのは苦手かなぁ。ちなみに古典は全然分からないや」
「私も古典は苦手……というより、あれは英語と変わらないでしょ」
「単語の意味が今とは違うってだけでも、英語より厄介かもね」
最初はそっけない返事ばかりだったけど、話をする中で嵐山さんは受け答えを返してくれるようになった。
今では世間話でもV系の時と同じくらい……は流石にないけど、それでもしっかりと話を聞いて、そして返してくれていた。
一番最初に会話したときに比べると、大きな進歩と言えるだろう。
「あんまり試験の話ばかりするとテンションが下がるから辞めようか。もっと楽しい話……嵐山さんって、趣味はある?」
「音楽鑑賞」
「うん、それは俺もそうかな。嵐山さんのお陰で趣味が増えたよ、ありがとう」
微笑んで感謝の気持ちを伝えると、嵐山さんは一瞬だけ目線を俺に向けて、そして外す。
「どういたしまして」
その後は空を見上げているように見えたけど、よく見ると考えているようだ。
「あとはカラオケ」
「カラオケ?」
「ん……V系の曲を歌ったりする……」
「そうなんだ……」
少し意外ではあったけど、ここまで音楽を聴いている嵐山さんならカラオケっていうのも納得できる趣味だと思った。
「あれ? でも4月にクラスでカラオケに行ったときは歌ってなかったよね?」
2年に上がってすぐの事を思い出して、尋ねる。
俺は少しの間しか嵐山さんと同じ部屋には居なかったけど、歌声を聞いたことはない筈だし、東川や蓮もそう言っていた。
俺の質問に対して、嵐山さんは俺に無機質な瞳を向ける。
「私の知っている曲を知っている人なんていないでしょ。そんな状況で歌っても、周りが困るだけ。だからそもそも、参加するつもりも最初はなかった」
「じゃあ、なんで?」
「……私と同じ人が、いるかもしれないと思ったから」
「あ……」
クラスメイトとあまり関わらない嵐山さんがどうして4月のカラオケだけ参加したのか、合点がいった。
彼女は探していたんだ。自分と同じV系を好んで聞いている、人を。
頭の中ではそんな人居ないって分かっていた筈なのに、それでも探した。
誰か歌ってくれるかもしれないっていう淡い期待を持って。
でも……やっぱり思った通り居なかったってことだろう。
嵐山さんの表情に、少しだけ影が射したような気がした。
「嵐山さん、良ければ今度、カラオケ行かない?」
「……は?」
「俺……実は前からV系の曲を歌ってみたいって思っててさ。どうせなら同じ音楽を聴いている嵐山さんと一緒に行きたいんだけど、どうかな?」
「…………」
俺の誘いに、嵐山さんはすぐには答えをくれなかった。
V系の曲を歌いたいと思っていたのは事実だし、それなら嵐山さんと行きたいっていうのも本心だ。
だけどいきなりすぎたかな、なんて思ったとき。
「いいよ」
意外にも、嵐山さんはOKを出してくれた。
彼女はポケットからスマホを取り出して、何かを確認しているようで。
「それなら、期末試験の最終日はどう?」
「あ……あぁ、うん、それで大丈夫だよ」
「じゃあそれで。あ、一回家に帰って私服に着替えて。流石に制服でこの時間から行くと声をかけられるから」
「あぁ、そうだよね。試験ですって言えばいいけど、いちいち説明するのめんどくさいもんね」
俺も何度か声をかけられたことがあるため、嵐山さんの提案には賛成だった。
学校どうしたの? いえ、試験だったので午前だけです、っていうのは、多くの高校生が言ったことがあるんじゃないだろうか。
「じゃあ、そういうことで」
「う、うん……」
予定が決まったからか、嵐山さんはスマホをポケットに戻した。
その様子を見ながら、俺は少しだけ緊張していた。
自分から言い出したことだけど、期末試験の最終日、俺は嵐山さんとカラオケに行く。
それはきっと、二人きりで、だ。
女子と二人でカラオケに行ったことはない。
俺はV系の曲を歌うのが目的で、嵐山さんもきっと同じだろう。
でも、なんていうか……やっぱりちょっと緊張するわけで。
少しだけ固くなった動きで、俺は昼食のパンを口に運んだ。
◆◆◆
試験開始の前日、俺は塾に行って、分からないところを風見先生に聞いていた。
数学の領域の問題や、英文法の穴埋め問題など、事前に付箋をつけていた場所は概ね聞いたと思う。
風見先生はどの質問に対しても分かりやすく解説してくれて、書いてくれた紙をくれた。
あとはこれを今日の夜に復習すれば、試験は完璧……とは言わないけど、赤点は絶対にないだろう。
一段落着いて大きく息を吐いて時計を見る。
授業の終了時間まで、あと2分まで迫っていた。
かなり長く質問したし、解説してもらったなと思って、口を開く。
「ねえ先生……今度カラオケに行ってV系の曲を歌おうと思ってるんですけど、難しいですか?」
「んー? ……優木くんって、カラオケ結構行く?」
「いや……たまにって感じですね」
「どんな曲歌うの?」
「最近の流行りの曲とかです」
そう言って、俺は歌ったことのある曲名を上げていく。
それらを全て聞いて、風見先生は少し難しそうな顔をした。
「……それらと比べると、キーは全体的に高いかもね。喉を枯らさないように、注意してね」
「やっぱり高いんですね。歌えるかなぁ……」
「事前にれんしゅ――」
風見先生が何かを言い始めたところでチャイムが鳴り、授業が終わる。
先生は紙やペンを纏めて、立ち上がった。
「まあいいや、思った以上にキー高いと思うから、気を付けてね」
「……はぁ」
俺も俺で貰ったプリントやらを大切にクリアファイルに入れて、席を立つ。
先生の言葉は気になったけど、今はどちらかと言うと試験に集中だ。
そう思って、俺は先生と別れて塾を後にする。
頭の中には、明日から4日も続く試験の事しか頭になかった。
このとき、もう少し風見先生から話を聞いていれば最悪は避けられたのかもしれない。
試験最終日に嵐山さんと行くカラオケ。
俺はそれを楽しみにしてはいたけど、ただ行くだけで終わりだとそう考えていた。
でもそこに大きな落とし穴があることに、今は気づいていなかったんだ。
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