第9話 依頼は順調なはずなのに・・・
翌日の朝、いつものように朝のホームルームを待っていた俺は教室の後ろの扉が開く音を聞いてそっちを見た。
ちょうど嵐山さんが登校してきたところみたいで、その手にはとてもいかついデザインのバッグが握られていた。
彼女は自分の席の机の上にバッグを置いて自分の学校用鞄を机の横にかける。
当然俺の目にもそれは入り、あれが昨日言っていたCDなんだろうと思い至った。
嵐山さんは自分の椅子の下にバッグを移動させる。
その一連の動きの中でバッグをよく見て、俺は目を見開いた。
燃えるようなDのデザイン……まさかあれは「Dear World」のバッグ!?
かなりカッコよくて、どうしてもそっちに目が行ってしまう。
今までは曲ばかり聞いていたけどグッズもいいなぁ、なんてことを思い始めたとき。
「……見過ぎ」
「っ」
ボソッと小声で嵐山さんに言われて、慌てて正面を向いた。
どうやら凝視しているのがバレたらしい。あれだけ見ていれば、それもそうか。
「……放課後に貸すから」
「……あ、ありがとう」
小声でそう言って、俺はなるべくそっちを見ないように正面を向くよう心がけた。
この日の授業はずっと黒板を見ていたけど、頭の中では気になっているものが別にあったのは言うまでもないだろう。
◆◆◆
放課後、嵐山さんからバッグを受け取った俺はそれを自分の学校鞄に素早く、けど丁寧に詰めて、蓮と部活のない東川と一緒に帰宅した。
嵐山さんには受け取ったときに「ありがとう」と伝えたけど、いつものように「別に構わない」と返されてしまった。
そんなわけで俺は自宅に戻り、自室の机の上にワクワクした気持ちで嵐山さんから借り受けたバッグを置いた。
「……おぉー」
思わず声が出てしまう。
いかついデザインに、存在感のある炎のDの文字が輝いて見える。
色々な方向から見てみると、カッコよさもあるけど、かなり大切に使われているのがよく分かった。
新品同然のバッグを見て、なるべく傷つけずに返そう、と心に決めた。
ちなみにあまりにカッコよかったので、記念にスマホで写真に撮ったりした。
気に入ったから、自分用に買ってもいいかもしれない。
それにしても本当、嵐山さんには感謝してもしきれないなぁ。
ごくりっと生唾を飲み込んで、バッグのジッパーに手をかける。
手を動かせば何の抵抗もなく開いて、その中にこれまたイカツイデザインのCDが目に入った。
「……おぉー」
全く同じことを呟いてCDを取り出す。
確か嵐山さんが昨日書いてくれたおススメの楽曲だったはずだ。早く聴きたい。
とりあえずという事でバッグから全部のCDを取り出して、バッグは大切に部屋の脇へと非難させておいた。
なんかの拍子に飲み物でも零したりしたら、嵐山さんに土下座しても足りないだろうし。
机の上に広げたCDはバンドメンバーが映っているものや、イカツイデザインのものばかり。
こうして見てみるとCDっていうのも良いな、なんて思った。
この日、俺は嵐山さんから借り受けたCDを聴いて夜まで過ごした。
結構マジでCDやグッズに手を出そうかな、なんてことを考えたりもした。
◆◆◆
「6月ももう終わりかー。次は7月でテストだろ? だりー」
「でもそれが終われば夏休みだから、いいじゃないか」
「いやいや、夏休みも結構宿題出るから、結局だりーじゃん」
今日最後の授業が終わって、蓮とホームルーム前に他愛のない話をしながら時間を潰す。
蓮はもう夏休みの事を考えているみたいで、少し気が早いな、とは思った。
「あ、そうだ。良ければ夏祭り一緒に行かねえか? 沙織にも声かけてるんだ」
「……それ、俺が行って本当に良いのか?」
蓮と東川の間に入ることになるから少し微妙じゃないか、と思って聞いてみると、蓮は首を傾げた。
「あ? 良いに決まってんだろ――っと、飯島先生来ちまったな。じゃあまた後で」
「おう」
ちょうど良いタイミングで飯島先生が教室に入ってきて、蓮は自分の席へ戻っていく。
俺は俺で、飯島先生によるホームルームの言葉を聞きながら、放課後の事を考えていた。
今日は嵐山さんと会う日で、この日のために彼女から教えてもらった曲も、もちろん聞いている。
待ち遠しいな、なんてことを思っていた時。
「じゃあ以上でホームルームは終了だ。
あぁそうだ。優木、後で話があるから職員室に来るように」
飯島先生が締めくくった言葉で、俺は考えることを中断させられた。
顔を教卓に向けてみると飯島先生はじっとこちらを見ていて、俺の目線を受けて頷いた。
「気をつけて帰るように」
そう言って教室を出て行く飯島先生。
俺は彼女が教室を出てからすぐに嵐山さんの方を向いた。
「…………」
嵐山さんは俺と一瞬目を合わせたものの、特に何かを言うこともなく帰りの準備を始める。
今日の放課後の時間は無し、このまま帰る、って態度が表していた。
「……なんかお前、飯島先生に呼ばれすぎじゃね? なにしたんだよ」
「あー、いや、ちょっと進路について相談してて、その件だと思う」
急にこっちに来た蓮に聞かれたから、俺は適当なことを言ってごまかした。
そんな会話をしている間にも嵐山さんはさっさと教室を出て行ってしまって、俺の楽しみにしていたV系について話す会は完全になくなってしまったのかもしれない。
「ちょっと、俺行ってくるわ」
「ああ、飯島先生にしっかり相談に乗って貰えよー」
どっちかというと相談を受けたのは俺の方なんだけど、と思いながら教室を出て職員室に向かう。
けど目的は、その途中で捕まるであろう嵐山さんにあった。
彼女は予想通りまだ下り階段のところにいた。
少し駆け足で横に並ぶと、彼女が俺に気づいて口を開いた。
「……なに?」
「いや、今日ちょっと用事入っちゃって……ごめん」
「…………」
そう言うと嵐山さんは大きくため息を吐く。
「……話しかけないでって言った」
「ご、ごめん……」
やっぱり怒っているよな、って申し訳なく感じたとき。
「明日でいいから」
「……え?」
「…………」
顔を上げれば、いつもの無表情な嵐山さんが居て、少なくとも怒ってはいないみたいだった。
「う、うん、明日……明日ね」
「…………」
あまり話しかけ続けると迷惑になると思って、俺は嵐山さんを追い抜くようにして急いで階段を降りて、職員室に向かう。
さっきまではちょっと心が沈んでいたけど、今は軽く感じた。
そのまま廊下を小走りで歩いて職員室へ。扉を開けば、少し遠い席に座った飯島先生と目が合った。
彼女の元へ行くと、先生は隣の先生の椅子を引いてそこに俺を座らせ、口を開く。
「どうだ優木、嵐山とは上手くいっているか?」
「え? あ、はい……それなりには」
さっきまでほんの少しの間話をしていた嵐山さんの事が話題に出て、ちょっと抜けた返事をしてしまう。
そこでようやく、俺は飯島先生から依頼を受けていたことを思い出した。
ここのところは「Dear World」から始まったV系の事が頭を占めていて、忘れていたくらいだ。
「そうか、それなりに時間はかかると思うが、引き続きよろしく頼む」
「は、はい……」
状況を聞きたかっただけなのか、飯島先生はそう言うと「もう行っていいぞ、ありがとう」と言ったために、俺は頭を下げて彼女の元を離れる。
職員室を出て廊下を歩きながら、俺はついさっき飯島先生と話したことを思い返していた。
嵐山さんを何とかして欲しい作戦(俺命名)は忘れていたけど、思い返してみると上手くいっている。
そうした意味では、俺は飯島先生の期待に応えられているってことだろう。
それは嬉しいことだと思うのに。
なぜか少しだけ、心に引っかかるものがあるような気がした。
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