第8話 彼女により、広がっていく世界

 6月のメインイベントである体育祭を終えて、俺達学生は変わり映えのない日々を過ごしている。 

 そんな中でも楽しみはあって、その一つが嵐山さんとの校舎裏で話す機会だった。 

  

 体育祭前に一度話してからというもの、V系の話をする場合はここを使っていた。 

 とはいえ毎日会うわけでも無くて、会うのは週に1回か2回程度だったけど。 

 けどV系にとても詳しい嵐山さんからおススメのアーティストや曲の事を聞けるのはとてもありがたかった。 

  

 それに俺が聞いた曲の感想を聞いてくれる点もありがたかった。 

 ノートを毎回要求するとはいえ、反応は結構そっけないものが多かったけど。 

  

 そしてもう一点、風見先生が嵐山さんが教えてくれた他のV系のアーティストに詳しかったのも嬉しい点だった。 

 英文法の授業の後に世間話をする中で教えてもらったアーティスト名を伝えると、有名な曲やおススメ曲をいくつか紹介してくれた。 

 この人、本当に音楽に詳しいんだな……なんて思ったりしたくらいだ。 

  

 そんなわけで今日も嵐山さんに教えてもらった曲や風見先生に紹介してもらった曲の感想を言っていたんだけど。 

  

「……ない?」 

「うん、見てみたけど、あるのはshortバージョン? ってやつで、2番とかが入ってないんだよね。塾の先生に教えてもらった曲にも、そういうのがいくつかあってさ」 

  

 いつものように感想を言う中で、俺は思っていたことを嵐山さんに伝えていた。 

 教えてもらった曲の中には、動画サイトで見てみても「shortバージョン」っていう、短いものしかない場合があった。 

  

 無料で聴いている以上、文句を言うべきではないけど、なんとなく嵐山さんにはそのまま話してしまった。 

 俺の話を聞いた嵐山さんは、背を預けていた壁に押し当てていた靴の裏を離す。 

 そしていつものように冷たい視線を俺に向けてきた。 

  

「……聴き放題サービスとかで聴けばいいでしょ」 

「……あ、確かに」 

  

 言われてみれば、嵐山さんのいう通りである。 

 昔はそういったサービスに登録していたけど、毎月料金がかかるから解約したんだったかな。 

 そのときのアカウントが残っているはずだから、すぐに復旧できる筈だ。 

  

 意外とあっさりと解決できたと思ったけど、嵐山さんは「いや」と呟いた。 

 目線を向けてみると彼女は何かを考えているみたいで、すぐに視線を俺に投げかけてきた。 

  

「貸す」 

「……?」 

  

 え? 急にディスられたのか? と思ったけど、嵐山さんは続けてくれた。 

  

「CD、貸す」 

「……あぁ、そっち」 

  

 急にカスと言われたのかと驚いたけど、そんなわけはなかった。 

 よくよく考えれば当たり前だけど。 

  

「いや、でも持ってくるの大変だろうし、そこまでは……」 

「CDはCDで、また別の良さがある。それを知るのも、悪くない」 

「えぇ……いや、でも……」 

「それに曲がカッコいいのもあるけど、V系のCDはジャケットもカッコいい」 

  

 カッコいい……その言葉に、俺は弱い。 

 今の俺を魅了してやまない、V系の音楽のCD……興味が無いのかと聞かれれば、ちょっと、いやかなりある。 

  

「じゃ、じゃあ……いいかな?」 

「構わない……欲しい曲を教えて」 

「あ、うん……」 

  

 嵐山さんに言われて、俺は鞄から紙を取り出してそこに曲名を書いていく。 

 今の時代、本当に便利で多くの曲はフルで聴けたから、欲しい音源はそこまで多くはない。 

 とはいっても、10曲くらいにはなっちゃうけど。 

  

 紙に曲名を書いて嵐山さんに渡そうとすれば、彼女の指先が触れた。 

 一瞬だけ感触に驚いたけど、嵐山さんは特に何も言うわけでもなく紙を受け取って目を通す。 

 そしてはっきりと頷いた。 

  

「ん……これなら持ってる。どうせなら今日おススメしたやつも織り交ぜて明日渡す」 

「あ、うん、ありがとう嵐山さん、本当に助かるよ」 

「別に……」 

  

 いつものそっけない返事だけど、これにも少しずつ慣れてきた俺がいた。 

「じゃあね」と言って、放課後の校舎裏を後にする。 

  

 次は、三日後とかかな。 

  

 そんな風に俺の中で嵐山さんと待ち合わせをする放課後の校舎裏は、楽しみになってきていた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 その日、嵐山は久しぶりに実家に顔を出していた。 

 嵐山は実家が好きではないものの、優木にCDを渡すと言ってしまった以上、ここに来るのは避けられなかった。 

  

 扉を開けて入り、2階にある自分の部屋へと向かおうとする。 

 その途中でリビングの扉が開いて、母親が顔を出した。 

  

「あっ……お、おかえりなさい莉愛……帰ってきて……くれたのね」 

「……別に、用事が終わったらすぐに出るから」 

  

 嵐山に対してビクビクした様子を見せる母親と、出会った時の優木に対する以上に冷たく返事をする嵐山。 

 二人の間には親子の親しさはないように思えた。 

  

 何か言いたげな母親の視線が背中に突き刺さるものの、無視した嵐山は階段を登り、自室の扉を開ける。 

 彼女の部屋は長い事使われてはいないようだったが、よく掃除されているようだった。 

  

「…………」 

  

 嵐山は部屋の様子に少しだけ立ち止まったものの、すぐに棚へと向かう。 

 以前購入したCDはここに入れてある。棚の戸を開けば、今日優木から聞いたCDがすぐに何枚か目に入った。 

 それらを取り出して、使っていない勉強机に重ねていく。 

  

 いくつかのCDを重ねて、重ねて、そうして山が出来上がる。 

 どうせならと「Dear World」の簡易バッグを取り出して、その中に入れることにした。 

 そうしてここでの用事も終わって、バッグの中に入ったCDの山を嵐山は上から見下ろした。 

  

「……聴いて、くれるかな」 

  

 優木はこの曲を聴いてくれるだろうか。 

 嵐山は自分自身にそう問いかけたものの、きっと聴いてくれるだろうと思ったのか少しだけ目を輝かせる。 

 あれは自分と同じで、嵌ったものには一直線な人だろうと、そう思った。 

  

 だから嵐山は大切なグッズの一つである「Dear World」のバッグも心置きなく貸すことが出来る。 

 優木ならきっと、大切に扱ってくれるはずだから。 

  

 嵐山は静かにバッグのジッパーを閉めた。 

 自分の口角が少しだけ上がっていることには、気づかなかった。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 帰宅後、俺は自室のベッドに寝ころんで、手を伸ばして見上げる。 

 なんでか分からないけど、さっきの嵐山さんの手が触れたときの感触が残っていた。 

  

「ん?」 

  

 震える音を聞いて、俺は傍に置いていたスマホを手に取る。 

 連絡アプリRINEを開いてみれば、蓮からだった。 

  

『今からやらね?』 

  

 どうやらゲームのお誘いのようだ。 

 嵐山さんに教えてもらった曲は明日彼女がCDを持ってきてくれるらしいし、今すぐやりたいことはない。 

 だから、構わないという旨を打ち込んだ。 

  

『いいけど、夕飯くらいまでだぞ。宿題もやらないといけないし』 

『それでOK』 

  

 最後によく分からない猫が「OK」と叫んでいるスタンプを見届けて、ベッドから起き上がった俺はデスクトップパソコンに向かう。 

 起動ボタンを押して、いつも通り通話アプリを起動した。 

  

 少し待てば、約束をした蓮が入ってくる。 

 そしてその後すぐに、もう一人のクラスメイトの青木も入ってきた。 

  

『よーっす、やるかー』 

『今日もよろしくー』 

「あい、よろしくー」 

  

 三人して適当な挨拶をして、人気なFPSゲームをプレイする。 

 今日は調子がいいのか、良い感じにゲームも進んでいく。 

 かなりの回数勝つことが出来て、満足のいく結果になっていた。 

  

『そーいやさ、夜空。嵐山さんとはどーなん?』 

  

 特にすることもないゲームキャラの移動中に、蓮はさっきまで一緒にいた嵐山さんの話題を振ってくる。 

 それに応える前に、もう一人のクラスメイトである青木が声を発した。 

  

『あー、それ俺も聞きたかった。たまに嵐山さんと話しているよね? よく話せるね。 

 俺なら怖くて話しかけられないよ』 

「……いや嵐山さん、凄く良い人だよ」 

  

 俺におススメの曲を教えてくれるだけじゃなくて、自分のCDまで貸してくれる人だ。 

 確かに態度はそっけないし、睨まれて怖いと思うこともあるけど、皆が思っているような人じゃないと、俺は思う。 

  

『……マジか』 

『すごいな……俺なんかは絶対に話しかけられないよ』 

『まあ、青木は苦手なタイプだよなぁ……』 

  

 青木の言葉に蓮が呼応するように返す。 

 クラスメイトの青木は結構静かなタイプで、あまり自分から話しかける人じゃない。 

 ただ話してみるとものすごく面白いし、ゲームも上手いから俺や蓮とは1年から仲が良い。 

 他のクラスメイトが青木の魅力に気付くのを願うばかりだ。 

  

『でも、そう言うってことは嵐山さんとは順調なわけか。こりゃあカップルが出来るのも時間の問題か?』 

『……え? 優木くんってそうなの?』 

  

 適当に揶揄ってくる蓮と、唖然として声を出す青木。 

 その二人に、俺は呆れたように返した。 

  

「いや、そんなんじゃないって。それに俺の憧れのタイプは飯島先生みたいな人だって前から言ってるだろ? そうやって揶揄うのは嵐山さんにも失礼だからな。 

 あ、敵、敵いる!」 

『これ、ここから撃てないか?』 

『狙ってみるよ』 

  

 遠くの敵を撃てる武器を持つ青木と蓮が準備するのを聞きながら、俺は敵の位置を見る。 

 嵐山さんは青木の言うような怖い人ではなくて、良い人だ。 

 それこそ俺にとって彼女は何というか……そう、先生みたいなものだ。 

  

 V系を教えてくれる、同じ年の先生。そんなイメージ。 

  

『あ、外した』 

『おっけい! でもこっち気付かれた!』 

「ちょっと撃ち合って、きっかけ作ろうぜ」 

  

 画面の向こうでは、遠距離が得意な青木の撃ったスナイパーの弾が珍しく外れて、戦いは避けられなさそうだった。 

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