第7話 体育祭の一幕
なるべく速く、けど絶対に隣の人のペースを乱さないように、合わせて足を動かす。
そうして俺達は二人でゴールラインの線を越えた。
1位になれなかったのは残念ではあるけど、結果は3位で、十分な成績だろう。
「ゆ、優木君! 3位だよっ! 3位!」
「あぁ、やったな矢島さん!」
「私、こんな良い成績取れたの生まれて初めて!」
俺は本番で好成績を取れたことを二人三脚のパートナーである矢島さんと喜び合う。
彼女は俺のクラスメイトで、比較的おとなしい性格の女子生徒だ。
あまり運動神経が良くないものの、他に立候補者が居なかった二人三脚に、くじ引きの結果選ばれてしまった。
どうしようか困っている様子だったから、俺がパートナーに立候補したという経緯がある。
この数日、一緒に練習をしてきたけど、それが結果に結びついてとても嬉しそうだ。
トレードマークの眼鏡の下には、満面の笑みが浮かんでいる。
「ううん、優木君のお陰だよ……私今まで運動会とか体育祭とかってあんまり良い思い出なかったから……ありがとう! あっ、私が解くね」
「うん、ありがとう」
校庭のトラックから少し外れれば、すぐに矢島さんが二人三脚の紐を外してくれた。
これまで不自由だった脚が自由になって、解放感がある。
矢島さんにも怪我や痛めている様子がないことを確認するけど、大丈夫そうだ。
「優木君はこの後リレーだよね? 頑張ってね、応援してる!」
「あぁ、ありがとう。あんまり自信はないけど、精一杯頑張るよ」
矢島さんと話をしながら控えの場所へと戻る。
俺がこの体育祭で出る種目は全員参加の種目以外では騎馬戦、借り物競争、そして今の二人三脚にリレーだ。
今は最後のリレー以外が終了している。
それぞれの成績はそれなりに良くて、俺のクラスが属する白組に貢献できている、といったところか。
控えの場所に戻ると、すぐに蓮と東川がこちらに寄ってきた。
「おう、夜空お疲れ。矢島さんもナイスだったぜ」
「うん、3位は結構いい感じ……次の種目次第では……いや、どうだろ?」
迎えに来てくれた蓮と東川と一緒に控えの場所の中央へ戻る。
矢島さんはべた褒めの蓮と東川に対して、かなり恐縮しているみたいだった。
そうして元の位置に戻ってくれば、体育祭の種目表と紙を広げた栗原さんが考え込んでいた。
彼女は俺に気づくと、「あっ」と言って微笑みを浮かべる。
「お疲れ様優木くん、練習が実を結んだみたいで良かった」
「ありがとう栗原さん、でも一緒に練習して矢島さんとつかみ取った結果だよ。ところで、何を見ているの?」
「今までの競技の点数をね……結果をもとに点数を計算しているんだけど、やっぱり赤組に結構リードされているわね」
「勝てそう?」
「うーん、次の競技次第……かしら。でも次の競技の結果が良くても、最後のリレーの結果が相当良くないと厳しそうね」
そう言って苦笑いをする栗原さんを見るに、俺たちの属する白組がだいぶ劣勢なようだ。
事前に赤組に運動が得意な人が多いクラスがあるのは分かっていたから、予想通りの結果ではあるけど。
「学年リレーで白が上位を独占――」
「やめよう栗原さん。点数は無視して、私達が良い順位を取る。それでいいんじゃない?」
「……確かに東川さんの言うとおりね。これ以上は辞めましょう」
東川の言葉に、栗原さんは紙を畳んでポケットへ入れた。
計算すると結果が分かりかけてしまうし、それは俺達のやる気にもつながるだろうからだろう。
「あ、次の種目、確か三宅くんだったよね? 俺声かけてくるよ」
そう言って俺は三宅君を呼びに行く。
俺と少しだけ会話をした三宅くんは元気よく競技に向かって行ったけど、残念ながらなかなか良い結果には終わらなかった。
◆◆◆
学年別リレーは、クラスから選出された男女7人が交互にバトンを渡していく。
順番は俺のクラスの場合はくじ引きで決めたから、俺はなんとアンカーの1つ前前になってしまった。
他にも運動部のやつは居るのに、なぜこの位置なんだ、と思って蓮に愚痴を言ったけど、直後に蓮の隣に立つ東川に睨まれてしまった。
ちなみに東川のリレーの位置はアンカーである。
この高校のリレーは少し特殊で、男女混合なのに加えて、順番が学年ごとに少し違う。
1年と3年は男子がアンカーになる順番なのに、2年は女子がアンカーになる。
今はちょうどリレーが始まって、第3走者が走っているところだ。
リレーの様子を眺めていると、後ろに並んだ東川が声をかけてきた。
「蓮からの伝言よ、順位を1つでも上げろってさ」
「……出ないくせに偉そうだな、おい」
リレーは4月に行った体力測定の100m走で速かったメンバーが中心に選ばれる。
たまたま運動神経が良かった俺は運動部に所属していないのに選ばれたけど、蓮は選ばれなかった。
「1つでも上げたら次のカラオケは奢るらしいわ」
「よしっ、頑張るぞー」
「あんた……手のひらくるくるじゃない」
ふざけてみると、東川は呆れたようにため息を吐いた。
ああは言ったけど、別にカラオケ代金がかかっていなくても順位を上げられるように頑張るつもりだ。
少しずつ、俺の番が近づいてきていた。
◆◆◆
可能な限り手足を動かして走る。走る。走る。
バトンを受け取った時点で順位は学年で4位だから、あまり良くはない。
けどもう俺の次はアンカーで、叶うならここで蓮の言うように1つは順位を上げておきたかった。
けど3位のクラスの生徒は俺よりも遥か先に居て、追いつくのは難しい。
クラスの人からの応援は耳に入るし、それを力に変えて全力で走っているけど、差を縮めるので精いっぱいだ。
走って、走って、走って。
差はだいぶ縮まってきたけど、結局は及ばなくて。
「ごめんっ、東川っ!」
「ナイスよ、夜空くんっ!」
結局順位を上げることが出来ないまま、俺は東川にバトンを手渡した。
全力で走ったから乱れた呼吸を整えるために少しだけ歩く。
けど視線はリレーの結末を見守っていた。
東川は女子の中でも運動神経がずば抜けて高い。
そんな彼女は俺がギリギリまで差を詰めた3位のクラスの生徒を抜いて、2位の生徒にまで迫っている。
それに伴ってクラスの応援のボルテージも上がっている。
彼女はそのままどの女子生徒よりも速くトラックを駆け抜けて。
2位という好成績でゴールした。
「ははっ……すげえや」
他のリレーメンバーに囲まれる東川の元に俺も行く。
笑顔を浮かべている東川に、「おめでとう」と声をかけた。
「あとありがとうな東川、もう少し俺が差を詰められていれば良かったんだけど……」
「別にいいわよ。そもそも1位との差は大きかったからね。あんたも良い走りだったわよ」
「……ああ、そうだな」
東川に背中を叩かれながら、俺達は笑顔を浮かべるクラスメイトが待つ控えへと戻っていく。
最終競技のクラス対抗リレーで好成績を残したからか、飛び跳ねて喜んでいる人もいたくらいだ。
「…………」
ふとその中で珍しくジャージに身を包み、体育祭に出席していた嵐山さんと目が合った気がした。
けど次の瞬間には彼女の目線は全く違うところを見ていて、見間違えたのかな、なんてことを思った。
体育祭の結果は赤組の優勝で、学年での順位も2位だった。
惜しくも勝利と1位は逃したけど、クラス一丸となって戦ったことでクラスメイトは全員満足そうだったし、矢島さんを初めとする運動が苦手な人達も喜んでくれていたから、俺としては大成功の結果だった。
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