第6話 嵐山さんと、好きなもので繋がる
翌日の朝、教室に来た俺は蓮と軽く話をした後に自分の席に戻って、じっと嵐山さんが来るのを待っていた。
昨日彼女が教えてくれた曲を家に帰ってから聴いてみたから、そのことをどうしても伝えたかったからだ。
教室の扉が開く音がしてそっちを見れば、いつものように無表情でちょっと怖い嵐山さんと目が合った。彼女は俺から視線を外して左隣の席まで来て、鞄を机の横にかける。
クラスどころか学園中から恐れられて悪い噂もある嵐山さんだけど、学校を休むようなことも、遅刻するようなこともなかった。
こうして見てみると、やっぱり嵐山さんに関する噂は所詮噂でしかないのではないかと思えてくる。
「……なに」
その様子をじっと見ていたから、嵐山さんは冷たく俺に聞いてきた。
けど俺が返答をする前に何かに気づいたのか、「まさか」と小さく呟いた。
「あぁ、昨日教えてもらった曲、聴いて――」
「放課後、校舎裏に来て」
「……え?」
早く伝えたかったから一気に話そうとしたけど、その前に嵐山さんに遮られてしまった。
呆気にとられる形になっていると、嵐山さんは机に座って一瞬だけ俺に視線を向けた。
「そこで、聞くから」
「……う、うん」
その言葉を最後に、嵐山さんはヘッドフォンをして目を瞑る。
これ以上会話をするつもりはないっていう、彼女からのサインだと思った。
今話せないことは残念ではあるけど、放課後になればこの気持ちを共有できるんだからそれでいいと思うようにした。
そうして一旦興奮を無理やり体の中に押さえ込んだところで、ふと考える。
放課後、校舎裏……普通なら告白とかそんなことを考えるけど、相手はあの嵐山さんだ。
頭を過ぎったのは、とある漫画の、不良に呼び出される気弱な男の子のシーン。
そのシーンを頭を横に振って消す。
嵐山さんはそんな人じゃない、と思って、彼女を見た。
彼女は目を瞑って、変わらずに音楽を聴いてじっとしていた。
◆◆◆
放課後、俺は真っ先に教室を出た嵐山さんを見送った後に、蓮に用事があるという旨を告げて、校舎裏に足を運んでいた。
当然人の気配なんてものはしない。
緑の生い茂る手入れされていない校舎裏を少し暑くなってきたな、なんてことを思いながら進めば、ちょうど校舎入り口の裏に当たる場所に嵐山さんは待っていた。
当たりを確認しても人影はないから、やっぱり呼び出しではなくて、V系の話をしてくれるらしい。
「こ、こんにちは嵐山さん」
「ん」
場所が場所だから声が上ずってしまったけど、なんとか笑顔を浮かべて挨拶をする。
挨拶を返してくれた嵐山さんは目を開いて、俺をじっと見た。
続きを促されていると思って、口を開く。
「昨日教えてくれた3曲、聴いたよ」
「……もう聴いたの?」
「うん、最初は不思議な旋律だと思ったけど、何度も聴いているうちに良いなって思ってきて。
歌詞サイトを見ながら聴いたり、ちょっと勉強しながら聴いてたから、少し寝不足なんだ」
じっと見てくる嵐山さんの視線に、昨日の事を話す。
最初はこの場所に緊張していたけど、昨日の事を話しているうちに段々と楽しくなってきて、緊張も解れてきたようだった。
「ノート」
そう冷たく言って手を差し出してくる嵐山さんの言葉の意味を理解して、鞄を漁る。
そこから持ち歩いている……と言うよりもおそらく要求されると思って持ってきていたノートを見つけて彼女に手渡した。
滑らかな動きでノートを開いた嵐山さんは、そこに書いてある内容に目を動かす。
昨日教えてもらった3曲に関しても、当然感想も含めて記載してある。
テンションが上がって、色々な色のペンで書き込んでしまったくらいだ。
やがて目を通していた嵐山さんはノートから視線を外し、俺を見た。
「……いい曲だった?」
その質問に、胸の奥から熱が溢れてくるのを感じた。
「あぁ、なんて言えばいいのかな……噛めば噛むほど味があるっていうかさ……有名な曲と比べて、最初はちょっと微妙かな? なんて思ったりもしたんだ。でも何度も何度も聴いているうちに、この曲良いなって思い始めて……今では真っ先に曲のサビが頭を過ぎるくらいなんだよ!」
「……そう」
昨日の感動をなるべく言葉にしようとしたけど、あまり上手く出来ない。
嵐山さんも冷たく返事をして、自分の鞄を漁り始めた。
俺の伝え方が悪かったかなと思ったけど、嵐山さんが鞄から出したのはルーズリーフで、昨日と同じように半分に折っていた。
「あなた……Dear Worldで好きな曲を3つ言って」
「え、えっと……Rising sunと夢想、永遠となる、かな」
「…………」
曲名を3つ聞くや否や、嵐山さんはルーズリーフと同じように鞄から筆箱を取り出して、さらにそこから取り出した銀のシャーペンで何かを書き記し始める。
その様子に、俺も心の中で期待が高まっていく。
彼女は新しいV系のアーティストの曲を書いてくれているのかもしれない。
しばらく待てば、嵐山さんがペンをノックした。
やけに大きく響いたその音を最後に、ペンは役目を終えて筆箱の中へと戻っていく。
そして無言で、彼女はルーズリーフを俺に差し出した。
「あ、ありがとう……」
そう言って手に取る。
書いてあったのは、「麒麟」という文字に、曲名と思えるものが5曲分記載されていた。
「……麒麟も結構昔のV系バンド。今はもう活動してないけど、良い感じの楽曲が多い。
代表的な曲や気に入りそうなやつを選んでおいたから、聴いてみて」
「き……りん……」
俺の知らないアーティスト、知らない楽曲、知らないV系の、バンド。
段々と胸の奥から、喜びがあふれてくる。あぁ、嬉しい。
「ありがとう嵐山さん! 早速帰って聞いてみるよ!」
「別に……それと、曲について聞きたいならここに呼び出して。教室はやめて」
「えっと……なんで?」
「…………」
聞き返すと、嵐山さんは黙って俺をじっと見た。
心なしか睨みつけているような気がして、俺は黙って首を縦に大きく振った。
小さく息を吐いた嵐山さんは、相変わらずの表情と視線で口を開く。
「じゃあもういいでしょ。行って」
「あ、あぁ……そうするよ」
なんとなく早く帰れと言われているのを察したから、俺はこの場を去ることにした。
でもどうしてももう一言いいたくて、去る寸前に嵐山さんの方に振り返る。
「本当にありがとう嵐山さん! これからも、色々教えてね!」
「…………」
この前と同じように、嵐山さんからの返事はない。
しつこく言い過ぎたか、と反省したとき。
「別に……構わない」
その言葉を、聞いた。
構わないっていう言葉は、今の俺にとって一番嬉しい言葉だった。
あれほどまで怖いと感じていた嵐山さんを見ても、全く恐怖が湧かないくらい嬉しかった。
はしゃぎたくなる気持ちのまま、俺は校舎裏を小走りで後にする。
新しいV系アーティストの曲に、嵐山さんっていうそれを教えてくれる人との繋がり。
それらを得た俺は、これまでのどの日よりも気持ちを高ぶらせたまま、自転車を家に走らせた。
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