第5話 怖い子・・・嵐山さんとの急接近
土日は充実した日々を過ごした。
学校や塾の宿題をしたり、外に買い物に出かけたり蓮達とゲームをしたり。
けどその中に、「Dear World」は確かに入り込んでいた。
勉強をしているときも聞いてしまって、あまり頭に入らないと思って少し我慢したくらいだ。
良い曲に関しては歌詞サイトを見て歌詞を覚えるだけじゃなくて、ノートに感想も含めてまとめるようになっていた。
なんていうか、最初はなんとなくノートに書き記してみたけど、意外と面白くて続いちゃった感じだ。
ただその分生活リズムが悪くなっているのには気づいていた。
昼間は外出か買い物、あるいは勉強。そして夜は蓮達とゲームをして、その後に音楽を聴くから、どうしても寝る時間は遅くなる。
けれど起きる時間は変わらないわけで、その結果どうなったかと言うと。
「めちゃくちゃ眠い……」
月曜日の朝、俺は酷い眠気に襲われながら席についていた。
朝ごはんも食べたけど、この時間になっても眠気が取れない。
これは下手したら授業中に寝るかもしれない。流石にまずいな、と思っていた。
「よう夜空、随分眠そうだな。あの後すぐ寝なかったのか?」
「おー、蓮。昨日はナイスキルとアシストだった。……あー、ちょっと眠れなくてね」
「なるほどね。……じゃあ今日の夜は辞めとくか?」
「んー、眠さが消えたらやるかも……」
「おっけい、あんまり期待せずにいるわ」
今日の夜にゲームを一緒にするかどうかについての話をすると、蓮は自分の席に戻っていった。
その後ろ姿を見届けて、堪えきれなくなったあくびをして、小さく呟いた。
「……ねっむ」
俺がそう呟くのと、飯島先生が入ってくるのはほぼ同時だったと思う。
◆◆◆
結論から言うと、ちょっとだけうとうとしたけど、ほんの少し寝てハッとして起きると眠気は去っていた。
授業もそんなに進んでいなくて、すぐにノートをとることが出来たのは良かったものの、流石に今日は早く寝るか、なんてことを思ったりした。
いつも通りホームルームは特に何もないようで、終わると同時に左隣の嵐山さんは立ち上がって教室から去っていった。
その時視線を感じた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
そういえば、今日は眠くて嵐山さんに全然声かけられなかったな、と思い返した。
蓮と一緒に自転車を引きながら、他愛ない話をして帰る。
今日は特に用事もないけど、やっぱり昼間眠いのは問題だな、と少しだけ反省した。
「悪い蓮、今日はやっぱパスするわ。早く寝ることにする」
「おっけー。まあそんな気はしていたわ」
蓮と話をつけた後、別れればすぐに家にたどり着く。
いつも通り母親に挨拶をして夕飯を早めに食べたいっていう事を伝える。
そしていつもの日課を和室でこなして、自分の部屋へと戻った。
「……眠いけど、流石に今寝るとヤバいよな」
時間はまだ夕方で、日差しがオレンジ色になった頃だ。
流石にこの時間から寝たら真夜中に起きちゃうし、生活リズムが完全に崩壊するだろう。
再び起こり始めた眠気を我慢しながら、俺はパソコンに向かって起動する。
キーボードの前にはノートが置かれていて、そこには「Dear World」の曲名と感想がびっしり書かれていた。
土日で「Dear World」の楽曲は結構聴いた……と思う。
塾の風見先生に教えてもらった曲は勿論、ネットで紹介されていた曲も聴いてみて、感想をノートにまとめた。
ただ土日をかけて聴いたからか、動画サイトで見つけられる音楽はある程度見きった気がする。
適当に自動再生で流していると、あ、これ見たことがある動画だな、と思うことも多い。
「……まあ、いいか」
けど時間を潰す必要はあるので、適当な動画を見たり、「Dear World」の音楽やライブの映像を見たりして過ごした。
特にライブの映像はかなりのお気に入りで、会場が一体となって揺れている様子は土曜に最初に見た時は感動したくらいだった。
そうしてある程度時間を潰すと、いよいよもって聴いたことがない曲がなくなってくる。
探せばあるんだろうけど、有名どころにはある程度手を付けた印象だ。
こうなってくると、逆に物足りなくなってくるわけで……
「……他の、アーティスト……か?」
確か風見先生は「Dear World」はV系バンドだって言っていた。
それなら「Dear World」以外にもV系バンドがあるってことだろう。
同じような音楽を奏でてくれるバンドがあるのなら、是非とも聞きたい。
風見先生なら詳しそうだし、色々なアーティストの良い曲を教えてくれるだろう。
それに、自分が新しく知った「Dear World」について誰かと語り合いたいっていうのもあった。
先生ならその相手にはぴったりだ。
「……あっ」
でもあることを思い出して机の上のスマホを手に取った。
カレンダーアプリをスマホで開いてみても、塾のマークは金曜日にしかない。
風見先生との授業は曜日が決まっていて一週間に一回だ。
今日はまだ月曜日……つまり、それまでは先生に話を聞くことは出来ないわけで。
「あと……4日……」
火曜日、水曜日、木曜日……と指で数えて肩を落とす。
先が長すぎて、気持ち的に干からびてしまいそうだ。
なんとかならないかな……でもネットから得られる情報だけじゃ限界があるし……。
でもこの欲望を止められないし……困った……。
……いや、待てよ? 一人いる
思いついたのは髪の裏側を紫に染めて、ピアスをバリバリに開けた無表情の女子生徒。
そもそも俺が「Dear World」を知ったのは彼女がきっかけだ。
風見先生曰く、高校生にしては珍しくV系を知っている人。
そうだ、嵐山さんがいるじゃないか。彼女に明日、おススメのアーティストを聞いてみよう。
『夜空―、ご飯できたわよー』
「うん、今行くー」
母親の声に返事をして、俺は立ち上がる。
この時にはもう、嵐山さんを何とかするっていう飯島先生からの依頼は頭の中にはあんまりなくて、ただ彼女から新しいV系について聞きたい、Dear Worldについて語りたい、という考えしかなかった。
◆◆◆
翌日、しっかりと寝た俺は、その日は前日のようにうとうとすることなく授業を受けることが出来た。
嵐山さんに声をかけるタイミングは放課後を選んだ。
10分休憩じゃ短すぎるし、昼休憩だと彼女のお昼の時間を奪ってしまうから。
だから飯島先生がホームルームの終わりの宣言をするや否や、すぐに左隣に声をかけた。
「嵐山さん、ちょっといいかな」
俺の言葉に嵐山さんは机の横にかかった鞄にかけていた手を止めて、俺をじっと見る。
「なに?」
「教えて欲しいことがあるんだ」
「……なに?」
同じような返事だけど、二回目の「なに」からはちょっとだけ苛立ちを感じた。
けど嵐山さんは鞄から手を離してくれたから、今だと思って続きを言う。
「俺、この土日でDear Worldを聴いているんだ。なんだけど有名な曲は結構聴いちゃって、それで他のV系のアーティストを教えて欲しいん……だ……」
「…………」
俺の言葉に、嵐山さんは冷たい視線をさらに冷たくした。
怒っていると雰囲気で感じて、言葉が尻すぼみになってしまうくらいの威圧感だった。
「何聴いたの?」
冷たく言い放つ言葉には棘がある。
正直ちょっと怖いけど、声をかけたのは俺からだ。
だから恐怖を押し殺して、俺は自分の鞄からなんとかノートを取り出し、嵐山さんに差し出した。
「……何?」
「俺……聴いた曲をノートに纏めてるんだ。……その……これ見てもらった方が……早いかなって」
「…………」
嵐山さんはじっと俺を見た後にノートを数秒見たけど、やがて指輪のついた手でノートを手にしてくれた。
自分の机の上に置いて、ゆっくりとめくっていく嵐山さん。
なんだか緊張の瞬間で、思わず教室内を見回してしまう。
生徒は遠巻きに俺達を見ていて、中にはそそくさと帰る人もいた。
ちなみに東川は部活に向かったみたいで、蓮は俺と目が合うと手を合わせて先に帰ってしまった。
嵐山さんが俺のノートを確認するのはそこまで長い時間じゃなかった筈だ。
でもやけに長く感じて、判決を待つ罪人ってこんな気持ちなのかな、なんて思ったりした。
「……ねえ」
「は、はい……」
「これ、どうやって選んだの? 有名な奴じゃなくて、結構マイナーな奴も入ってる」
「え、えっと……」
俺が選んだんだよ! と見栄を張ることも出来たけど、ここは正直に答えることにした。
今の嵐山さんの目をごまかせるとは思えなかったというのも大きな理由だ。
「俺、塾に通ってるんだけど、その塾の担当してくれてる先生がV系に詳しくて、その人に聞いたんだ」
「なるほど……その人、結構V系、というよりも音楽に詳しいみたいだね」
「うん……そうみたい……」
嵐山さんはノートを閉じると、俺に返してくる。
それをおずおずと受け取ると、彼女は机からルーズリーフを取り出して、それを半分に折った。
かと思いきや、鞄に入れようとしていたいかつい筆箱からシルバーのシンプルなシャーペンを取り出して、走らせ始める。
「ん」
しばらくして彼女が差し出してきたルーズリーフには、3つの曲名が書かれていた。
「えっと……これは?」
「Dear Worldの曲の内、そのノートになかったけどいい感じのやつ。
多分公式チャンネルに音源があると思うから、そこで探してみて」
嵐山さんから紙を受け取って見てみれば、確かにその3曲は俺の聴いたことがない曲だった。
彼女は用事は終わったとばかりに筆箱を鞄に仕舞って立ち上がる。
「あ、ありがとう、嵐山さん」
「別に」
そっけなく言って、嵐山さんは教室から出て行ってしまった。
教えてくれたのは3曲だけだけど、これはまずはってことだと思う。
他のアーティストの曲も、教えてくれるかもしれない。
それにしてもたまたま今日Dear Worldの曲をまとめたノートを持ってきて良かった。
もしも家に忘れていたら、このルーズリーフは今手元になかっただろう。
嵐山さんから貰った紙を大切に制服のポケットに仕舞って、俺も帰ることにした。
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