第4話 怖い子の好きなものを、もっと知りたい

「すげぇ……なんだこれ……すげぇ……」 

  

 数十分後、俺はあまりの衝撃にただただ呟くしかなかった。 

 有名な音楽はよく聞くし、たまにいいなって思う曲だってある。 

 けど今聞いている「Dear World」の曲はそれとは違う。 

  

 あまりにも力強くて、あまりにも疾走感があって、そしてあまりにもすごい。 

 どの曲を聞いてもボーカルの力強さが目立っていたし、音楽としてとにかく衝撃的だった。 

  

「Dear World」の曲を、動画サイトからおススメされた順に上から聞いていったから、きっと有名な曲を聞いたんだろうって思う。 

 アップテンポな曲も良かったし、静かな曲はそれはそれで別の良さもあった。 

 歌っている人の力強く高い声が、響き渡っていたから。 

  

「あっ……」 

  

 ちらりとモニターの右下を見て、塾の時間が近づいていたことを知る。 

 気付けば結構長い間「Dear World」の音楽を聴いていたらしい。 

  

「やばっ、行かないと」 

  

 慌てて動画を止めて立ち上がり、鞄の中身を軽くして部屋を出る。 

 そして母親に「行ってきます」と声をかけて、俺は家を飛び出した。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 俺が通っている塾は個別指導塾で、中学からお世話になっている。 

 特に担当してもらっている風見裕也かざみ ゆうや先生は中学1年から今まで5年もお世話になっている人だ。 

  

「まあここに関しては熟語だから覚えておくといいよ。長文とかでもよく見るし」 

「熟……語……」 

  

 今は個室で1対1の授業中。 

 宿題に出された英文法のプリントを、丸付けと並行して解説してもらっている感じだ。 

 かなり難易度の高いプリントでやるのも一苦労だけど、その分覚えるところも多くて役に立つんだとか。 

  

 授業開始から30分程度経った頃には、プリントは俺の赤ペンで真っ赤に染まっていた。 

 丸付けだけじゃなくて説明されたことも書くから、いつもプリントは赤くなる。 

 復習も大変なんだよなぁ、なんてことを、出来上がった真っ赤なプリントを見て思った。 

  

「ん……じゃあこれでこのプリントは終わりと。次は関係詞の2番か」 

「マジ? 先生、これ何番まであるんですか?」 

「関係詞は5番までだね」 

「マジか……」 

  

 あまりの量の多さに俺は唖然とする。 

 この難しい関係詞があと4回も続くとか、マジ……? 

  

 そんな事を思っていると、態度でバレたのか、風見先生は苦笑いをして「じゃあ」と呟いた。 

  

「気晴らしに世間話でもしようか? なんか学校で面白いこと、あった?」 

「面白い事ですか……?」 

  

 俺が風見先生の事が好きなのは、教え方が分かりやすいっていうのもあるけど、こんな風に色々と話をしてくれるからだったりする。 

 先生に面白いことがあったときはそれを面白おかしく話してくれるのも嬉しい点だ。 

 そんな先生に促されて考えれば、思いつくのは嵐山さんのこと、そしてさっきまで聞いていた音楽の事で。 

  

「先生、Dear Worldって知ってます?」 

「……まさかと思うけど、V系バンドのこと言ってる?」 

  

 尋ねてみると、風見先生は驚いた様子で聞き返してきた。 

 頷くと、彼は「へぇー」と感心したように呟く。 

  

「優木くんよく知ってるね。結構昔のバンドだし、今は解散か休止かしてた筈だけど」 

「先生、知ってるんですか?」 

「あぁ、大学生の頃V系に嵌ったことがあってね。それで色々なアーティストの曲を聞いたりしたよ。でもなんでDear World? お父さんから聞いたとか?」 

「まあ、そんなところです。色々聞いてみたんですけど、結構いいなって思って」 

「おぉ、まさかV系を良いっていう子がいるとは思わなかったな。何を聞いたの?」 

  

 風見先生に聞かれて、さっき聞いた曲を覚えている限りで伝えていく。 

 先生はかなり詳しいみたいで、「へえ」とか「おっ、いいねぇ」といった反応を返してくれた。 

  

 ある程度曲の名前を伝えたところで、俺は気になっていたことを聞いてみる。 

  

「あの……V系ってなんなんです? ビジュアル系? っていうのは調べたんですけど」 

「あー……そっか、知らないよなぁ。ジェネレーションギャップかぁ……」 

  

 尋ねてみたけど、返ってきたのは苦笑いだった。 

 風見先生は30代らしいから俺とは約2倍の年齢の差がある。 

 先生が学生だった頃は有名だったのかもしれない。 

  

「ビジュアル系ロックバンドっていうのは、髪を染めたりメイクをしたりして演奏する人たちの事だよ。中にはドラムを破壊したり、マイクスタンドを投げるような過激なパフォーマンスもあったりするんだ」 

「えぇ……?」 

  

 え? なにそれ、怖……。 

 そう思っていると、風見先生は小さく笑った。 

  

「曲調はアップテンポや疾走する感じの速いものが多いね。重低音って分かるかな? あんな音がメインで聞こえることもあるし……あとはボーカルの人の声が高いっていうのも特徴だね」 

「あ、それは分かります。どの曲もカッコよくて、高い曲もあるなって思ってました」 

「まあ、それがV系の味ってやつだしね。厳密にV系がそういうものだってのは言い切れないけど、おおむねそんな感じの認識で良いと思うよ。動画サイトにライブ映像とかあると思うから、見てみると良いかもね」 

「なるほど……」 

  

 そう考えると、嵐山さんのあの髪やピアスはV系を意識してってことなんだろうか。 

 考え込んでいると、風見先生が声をかけてきた。 

  

「にしても本当に珍しいね。今どきの高校生でDear Worldを知っている子なんて、かなり少ないと思うよ」 

「そうなんです?」 

「うん、俺もこれまで色んな生徒を教えてきたし、たまに音楽の話をしたりしたけど、出会ったことないね。だから驚いたよ」 

  

 嬉しそうな様子で話す風見先生の表情を見て、俺は考える。 

 そうなると、あのバッジを持っていた嵐山さんはかなり珍しい高校生ってことになるのか。 

 脳裏に怖い女子生徒の事を思い浮かべ、そんな事を思った。 

  

「先生、どのくらいDear World知ってるんですか?」 

「一応全曲聞いたことはあるし、たまにメドレーで流したりするくらいかなぁ」 

「結構ガチじゃないですか……」 

  

 風見先生が音楽が好きだっていうのは以前聞いて知っていたし、最近の音楽の話を振っても応えてくれたからそうなのかもしれないと思っていたけど、想像以上だったらしい。 

  

「っていうか、それならDear Worldのおススメ曲教えようか? 有名なやつからそうじゃないやつまで」 

「え? いいんですか? ぜひお願いします」 

「いいよ。じゃあ説明した後に、優木君が問題を解いてる間に書くね」 

「……はーい」 

  

 このまま残り時間を会話でつぶせないか、なんて考えていたけど、叶うはずがなかった。 

 この後、風見先生から英文法について説明をされた後、難しい問題を解く地獄が始まった。 

 ちなみに基本問題だから正答率は良かったけどそれはいつもの事で、問題は裏面の演習問題なんだよなぁ、なんていつも思っていることを今回も思ったりした。

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