第4話 面倒くさいのは嫌だな
*
列車に乗った
こっちに居るあいだは必要以上の交流は持たないという気負いから、どうしても話しかけてくる男子には冷たい態度を取ってしまう。ちょっと反省だわ……そんなことを思いながらスマホの電源を入れた。図書室に居るときは電源をオフにしているのだ。見ると真琴からメッセージが入っている。読んだ唯花は頭を抱えた。
『帰りに小杉くんに会ったよ。唯花のことすごい気にしてた! やっぱり小杉くん、唯花のことが好きなのかもしれないよ。 唯花がこの高校に来た理由、古い校舎が怖いって話をしたら可愛いなって! 小杉くん、涼しげな顔のクールなイケメンだし、唯花とお似合いだと思うなー』
違うよ、真琴。小杉くんには彼女が居るんだってば。と、心の中で唯花は話しかける。
あれこれ聞くのはおそらく暁斗のためだ──そして暁斗が意識している相手は──頭が痛い。
真琴は文弥しか居ないと思っているが、ファストフード店には暁斗も居たのだ。話を聞いた暁斗は学校に戻ってきた。復習するためは口実で、おそらくは唯花が気になったから。
暁斗は唯花がこの高校に通った理由が「古い校舎が怖いから」ということではないと悟っただろう。泉鏡花を怖い話書く人と言った台詞からも推察できる。
「面倒くさいのは嫌だな……」
ぽつりと呟く。
真琴が今好きなのは暁斗。暁斗は……ぐちゃぐちゃな関係になるのは嫌だ。綺麗さっぱりすべてにサヨナラしたいのに。
まあ、唯花から見ても暁斗は確かにカッコいいと思う。彼女は居ないのだろうか? 今日話した感じでは居なそうだし、女子生徒をからかうタイプにも見えない。誠実そうだし、なら真琴に頑張ってもらうしかないかな。
最寄り駅に到着し、コンビニでサンドイッチを買い、近場の公園で食べてから帰宅した。
母の
「唯ちゃんお帰り」と笑顔で声を掛けてきた。素子は会社員。土日は休みだ。唯花は顔を見ずに「ただいま」と答えた。
「講習今日までだったよね。おつかれさま。お昼はどうしたの?」
「友達と食べました。月曜からも塾の夏期講習なので、お昼は気にしないでください」
そう言いながら冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注ぐと、それを持って自分の部屋に行った。素子は緊張から解かれたような表情で唯花の後ろ姿を見ていた。
部屋着に替えた唯花はベッドに寝転がる。明日の日曜は朝から図書館に行けばいいか。なるべく素子とは同じ空間に居たくない。小遣いだけは父の
早く家を出たい。此処には帰って来たくない。魔女が掻き回す窯の中のように、唯花の心は黒いものがドロドロに混ざっている。真琴たちにすべて吐き出してしまいたい気持ちと、言ったら負けてしまいそうな気持ちが入り混じる。
大丈夫、頑張れる。あと一年と少し。自棄になったりしない。ちゃんと自制して、勉強して、堂々と家を出る。
*
八月に入ると、ますます暑い日が多くなっていた。クーラーの効いた部屋で寝転がっていたいが、勉強してないのなら電気代が勿体ないから出掛けなさいと母の典子に言われ、暁斗は渋々玄関に向かう。
暁斗の家に数年前から居座っている元外猫のムギは、エアコンの効いたリビングで大あくびをしながら「出掛けてこい」と横柄に言っているとしか思えないくらいふてぶてしい。
おまえはあれこれ言われなくていいよなと捨て台詞を吐きながら家を出た。
アスファルトに反射する日の光が眩しい。少し歩くだけでじりじりと肌に熱さを感じ、汗が出てくる。
文弥は今日、エミと出掛けると言っていた。他の友人からもスマホにメッセージは入っていないので、それぞれ出掛けているのだろう。
ふと列車に乗って高山に行ってみる気になった。高山駅には数年前、駅直結のビルが出来て、いろいろな店が入っていると聞いたことがある。わりと大きな書店も出店していたはずなので、そこで参考書でも見てくるか……そう思ったのは唯花の影響かもしれない。
進路をどうするかはさておき、もうちょっと真面目に勉強はしたほうが良いだろうと自分でも思い始めていた。
列車に乗り込むと、車内は空いていた。唯花は毎日こうやって通学しているのか。
講習の最終日、唯花と一緒に帰ったことは文弥には言わなかった。なんとなく二人の秘密にしておきたかった。
スマホに入れた音楽を聴きながら、ぼんやり車窓を眺めていると高山駅に到着した。改札を出て、そのままエアコンの効いた駅ビル内に入ることが出来た。
昼過ぎだったので、レストラン街でラーメンを食べ、そのあとはファッションフロアで洋服を見たり靴を見たりしていた。着やすそうなTシャツを買ってから本屋に向かう。
はじめはコミックや雑誌が並んだ棚を物色して、最後にやっと参考書のコーナーに足を運んだ。行ったはいいが、どれを買えば良いのかサッパリ分からない。ちゃんと下調べしてから来ないとダメだったか、と諦めそこから離れようとしたとき、暁斗の心臓がキュっと締め付けられた。
唯花がこっちに向かってきている。まさか会えるとは思っていなかったので暁斗はその場に硬直した。唯花も暁斗に気づき、驚いた表情で立ち止まる。
唯花は涼しげな水色のシャツをざっくりと羽織り、紺色のサブリナパンツを履いている。大きめの鞄を持っているので、中には勉強道具が入っているのかもしれない。
いつも下ろしている髪はポニーテールで、学校での印象とはまるで違って垢抜けていた。
二人は無言で見つめ合っていたが、我に返った暁斗が「ども」と声を掛けた。その言葉に唯花もぺこりと頭を下げた。
「夏期講習の帰り?」
「うん。ビックリした……」
「オレも。まさか須田さんが居るとは思わなかった」
「買い物?」
「参考書見に来たんだけど、どれがいいか分からなくて悩んでた」
「わざわざ高山に? 甲府で降りればもっと大きな書店があるじゃない」
「あそこは大きすぎて、もっと選べない」
唯花の住む街に来てみたかったとは言えず、暁斗は咄嗟に思いついたことを口にした。
「そう……」と唯花は答えながら一瞬悩んだが、真琴の顔を思い浮かべ、暁斗をまっすぐ見た。あまり無愛想だと真琴の印象も悪くなるよね。そう思い、暁斗を見て微笑む。
「なんの科目の参考書を探してるの?」
「あ、まずは古典。もうちょっとなんとかしたい」
「入試対策っていうより、授業がもっと理解出来るようになりたいって感じ?」
「そんな感じ」
そう答えながら、唯花の透き通る声に聞き惚れていた。もしかして一緒に選んでくれるのか?
唯花は書棚に並んだ参考書の背表紙を眺めて、たまに手に取りパラパラと内容を確認している。
「私が前に使っていた参考書の改訂版がこれなの。そんなに厚くないから、参考書としての敷居も高くないと思う。うちの学校の教科書にも対応してるし」
そう言って手にしている参考書を暁斗に渡した。
「ありがとう」
暁斗が言うと唯花はニコっと微笑んだ。
「須田さんも参考書を見に来たのか?」
「ううん。本屋は好きだから立ち寄っただけ」
「クラスでも全科目トップって聞いたよ。すごいな」
「そんなことないよ。毎回苦労してるよ」
「須田さんが使ってる参考書はどれ?」
「んーと……これ」
そう言うと唯花は一冊の参考書を書棚から出して暁斗に渡した。手に取ってパラパラと見たが、さっぱり分からない。
「だめだ、オレには無理そう」
そう言うと唯花は「あはは」と可愛らしい声で笑った。その声に暁斗の胸は鷲づかみにされる。
唯花が立ち去る素振りを見せたので、暁斗は慌てて声を掛ける。
「もしまだ時間があったら、お茶していかない?」
「え」
唯花は躊躇したが、時計を見ると十五時になるところだ。今から家に帰るつもりはなかったので、
「うん」とだけ答えた。真琴の顔が頭をよぎり、胸がチクチク痛い。
そうだ、暁斗のことを聞いて、それを真琴に教えてあげればいいんだ。あ、でもそれには暁斗と会ったことを言わなくちゃいけない──
そんな唯花の心の葛藤を知る由もなく、暁斗は唯花がOKしてくれたことで浮き足立つ。
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