第2話 作家先生のご令息
「安浦先生が、入院!?」
無理をされていたのだろうか、今は新作に向けて話し合っている期間だと、編集部からの噂で聞いたことがある。
「しのぶ、悪いが俺の代わりに、この病院までお見舞いに行ってくれ。お見舞いの品は任せる」
裕貴から渡されたメモには、病院の名前が走り書きされていた。
『市立中央病院』と、なんとか読み取れた。
よほど焦って書いたのだろう。
「それはいいけど……。でも、社長が行かなくていいんですか?」
「今から人と会う予定が入ってるんだ。お見舞いは後日改めて行く。先生にお詫びしておいてくれ」
「わ、わかりました……」
人と会う……? そんな予定入っていたかしら……?
いつもはスケジュール管理も私に投げっぱなしなのに、今日に限って……?
……考えすぎかな。きっと、先生が入院されたから、焦って自分でスケジュールを確認したのね。
*
市立中央病院は、穂鷹出版から電車で四駅ほどの場所にある。
敷地に入ると、エントランスまで五十メートルほどの桜並木となっていて、満開の時期には一般人も桜を見に来るほどだ。
まさか、憧れの安浦先生にお会いできるなんて。
きっかけが入院でなければ、もっと嬉しかっただろう。
しかし、安浦先生は気難しい方だと聞く。
お見舞いの品はこれで良かっただろうか、などで頭の中はパンク寸前だ。
でも今は、社長の代理として、失礼のないようにお見舞いしなければ。
病室の扉の前で、何度か深呼吸をしてからノックをしようとすると、いきなり扉が開いた。
そこには背の高い、スラリとしたスーツ姿の男性がいた。
「あ、あ、あのっ……!」
予想外の出来事に、言葉が詰まってしまう。
「どちら様でしょう?」
「す、すみません、私、穂鷹出版の真宮と申します!」
慌てて、名刺を差し出す。
「ああ、穂鷹出版の方なのですね。どうぞ」
病室は個室で、中に入るとすでにたくさんのお見舞い品が並んでいた。
立派な花束に、果物を盛り合わせた籠……。
私も穂鷹出版代表として、大きめの花籠を用意したつもりだったけれど……。
しまった、もっと大きいのを用意するべきだった。
「父さん、穂鷹出版の方がお見舞いに来てくださったよ」
どうやら、この男性は安浦先生のご子息のようだ。
年齢は三十代くらいだろうか。
あまり、じろじろ見るのも失礼よね。今は、安浦先生のお見舞いに集中しないと。
「失礼します。私、秘書の真宮しのぶと申します。穂鷹の代理で参りました」
「ああ、穂鷹君の……。わざわざすまないね」
安浦先生は、ベッドのリクライニングを起こして座っていた。
思ったより元気そうでホッとする。
花籠を、他のお見舞い品の隣に置かせてもらい、息子さんが差し出してくれた椅子に座った。
「先生……。お加減はいかがですか?」
「大丈夫、大丈夫。医者は大袈裟なんだ。早く帰って原稿を書きたいよ」
安浦先生は気難しい方だと聞いていたけれど、ここが病院だからだろうか、そんな風には微塵も感じられない。
顔は少々
「父さん。過労で倒れたんだから、しばらくは安静にって言われているだろう?」
「まったく、医者も息子も頑固で困る」
「どっちがだよ」
息子さんは、安浦先生にとてもよく似ていて、並んでいるとちょっと幼く見える。
「真宮さん、君からも言ってもらえないかね。原稿が早く必要だからと」
「あの、申し訳ありません。私どもは、原稿よりも先生のお身体が心配ですので……。息子さんと同じ意見です」
「だってさ、父さん」
「はぁ……。しかし、入院中はどうすればいいんだ。タイミング悪く家政婦の杉田さんは休暇中じゃないか」
「そうだね……。僕も仕事で頻繁に来れるわけじゃないし……」
そうか、確か安浦先生は早くに奥様を亡くされて……。
家のことで困っているのだろうか?
「他の家政婦さんを頼もうか?」
「駄目だ。杉田さん以外は信用できん。私の書斎に入られでもしたら……」
先生の気難しい性格は、こういうところなのかもしれない。
「あの……。私でよろしければ、お手伝いいたしますが」
自分なら信用に値する人間です、なんて言うつもりはないけれど。
断られるのを覚悟で、申し出てみた。
「それはありがたいが、いいのかね? 君も仕事があるのだろう?」
「作家のケアも仕事のうちです! 何か困ったことがあったら、何なりと!」
胸を張って答えると、先生と息子さんは顔を見合わせる。
「じゃあ……頼もうかね。早速だが、今日の分の洗濯物をお願いしたい」
「わかりました」
紙袋に入った洗濯物を受け取った。
うちで洗濯してくれば大丈夫かな?
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