第5話 もしも人付き合いができたなら

 「ん?ていうか月さん、家こっち方面なの?」

 「うん。もう少しで着くよ。」

 どうしよう。いい予感しかしないのだが。

 「ここ!」

 「…やっぱりいい予感が当たったようだ。」

 「ん?なんか言った?」

 「いや、何でもない。実はこのマンション、俺も住んでるんだよね。」

 「え!そうなの⁉」

 「うん。俺は3階。月さんは?」

 「私も3階!いい偶然だね。」

 「じゃあそろそろ行こうか。」

 「うん。」

 ピンポーン、3階でございます

 「月さんは何号室?」

 「私は304、諒くんは?」

 どうしよう、名前で呼ばれたことが素直にうれしい。まぁ俺も名前で呼んでるしな…って違う違う。

 「俺は305だから、隣だね。」

 「隣!嬉しいなー、知ってる人が隣なんて。」

 ガチャ

 「あら、諒。お帰り。ところでそちらは?」

 「ただいま、母さん。こちらは、304号室に住んでるクラスメイトの月さんだよ。」

 「どうも、諒くんの友達の月です。よろしくお願いします。」

 「どうもどうも。」

 …ってちょっと待て。

 「母さん、あいつは呼ぶなよ。ややこしくなる。」

 「分かってるわよ、そのくらい。…っていけない。醤油と牛乳買わないといけないんだった。それじゃあまたね。」

 「はい。」

 「じゃあ、バイバイ。」

 「うん。また明日。」

 ガチャ

 「ただいまー。」

 「おかえりーお兄ちゃん。母さんは今買い物行ってるよ。」

 「玄関で会ったよ。」

 ソファに座りながら話しているのは、俺の妹、千秋だ。中学2年生で、髪は黒髪ポニーテール。顔立ちは整ってるから学校ではモテるらしい。今は短パンでパーカーを着ている。

 (顔立ちが整ってるやつは何着ても似合うから腹立つな。)

 「ていうかお兄ちゃん、さっきまで誰と話してたの?万年コミュ障のくせに。」

 「おい妹よ、なかなか痛いところをついてくるではないか。」

 「ホントのことでしょ。ていうか、どっち?」

 「どっちとは。」

 「性別だよ!男なのか女なのか!」

 ハァ…めんどくせぇ

 「…女だよ、めっちゃ美人な。」

 「ハァァァ⁉お兄ちゃんそんな人と仲良くなれたの⁉あのお兄ちゃんだよ⁉外に食べに行ったときも店員さんに聞かれてしどろもどろに答えてた、ティッシュ配りの人にも上手に言えなかったあのお兄ちゃんが⁉」

 「そう、あのお兄ちゃんがだ!」

 「ちなみにちなみに、私が大尊敬する月様と、どっちが美人⁉」

 分かったであろう、俺がさっきこいつを呼ばなかった理由が。こいつは重度の月信者であり、雑誌は表紙にいたら即買い、テレビも出ていたら録画するのは別にいいのだが、こいつは月が出ているCMまで録画するからめんどくさい。

 「…負けず劣らず。」

 「たっはー!そんな人がいるの⁉こんな近くに⁉」

 「ただいまー。ごはんにするわよー。」

 「どうしようどうしようどうしようどうしようどう」

 「千秋、うるさい。」

 「はいっ!すみませんでした!」

 母さんは時々すごい圧が出てくるときがある。

 ***

 「はぁ…。今日は疲れたなぁ…。」

 まさかコミュ障の俺に友達ができて、部活まで入るなんて、一年生の頃の俺には到底思いつかない話だ。

 「もう寝よ…。」

 こんなに暖かくて安心感のある日はいつぶりだろう。俺の意識は一瞬で夢の世界に引きずり込まれた。

***

 「諒くん、一緒にお昼を食べませんか?」

 「…は?」

 次の日の昼休み、月さんから話しかけられた。

 学校では部活のとき以外は話しかけてこないと思っていたからびっくりした。

 「おい、誰だあいつ。月様にお昼の相談を持ち掛けられるなんて。」

 「は?じゃねえだろ。土下座しながらありがとうございますだろ。」

 俺に怒りと嫉妬の視線が向く。

 「いや…でしたか?」

 「いや、そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけで。」

 「そうでしたか!じゃあ食べましょう!どこで食べましょうか?」

 「…じゃあ外行こうか。」

 さっさとこの空気から脱出したい俺は足早に教室を出た。

 「月さんさぁ…、どうして教室であんなこと言ったんだ?」

 「どうしてって…、諒くんとお昼食べたかったから。」

 グフッ、諒は10000ダメージをくらった!

 「ていうか、諒くんって本当に友達いないんだね。」

 ガハッ、諒は100000ダメージをくらった!

 「ひ、人付き合いできてたら、今あなたと昼ご飯食べてないでしょ。」

 「それもそうだね。」

 そういいながら月はあーんと口を開けて食べる。俺も食べ始める。

 「ねぇ諒くん、卵焼き、いる?」

 「うん、いる。ちょうだい。」

 というと、不敵な笑みを浮かべる月。どういうことだと思っていると、

 「あーん。」

 「あーん。」

 「え゛。」

 「え?」

 「いや、もっと動揺するものかと…。」

 「いや、小さいころから結構母親とか妹がやってくるから慣れたっていうか…。」

 ムーと頬を膨らませる月。それを見てつい笑ってしまう。

 「何よー。」

 「いや、なんでも…。ハハハ。」

 それを見た月は微笑んでいた。

 「…ずっとこのままでいいのに。」

 「ハァー…、なんか言ったか?」

 「ううん、なんでもない。それよりもう行こっか。予鈴なっちゃう。」

 「そうだな、戻ろう。」

 帰り際の月の耳が赤かったのは俺だけの秘密にしておこう。

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