第4話 王国の現状
「そういえば王国まではどうやって行くつもりだ?」
復活したベーゼを倒し、カイは教会へと戻ってきた。その頃にはルークも目を覚ましていて、既にテッカードから事の顛末やこれからのことを聞いていたらしく、助けたことへの感謝を受けた。
そして、現在。遠く離れた王国までの足はなんなのかとテッカードに問う。
「まさか、エマをずっと背負って行けってわけじゃないだろ?」
魔物やベーゼが跋扈するこの大地を、両手が塞がった状態で散歩するのは自殺行為に等しい愚行。その間彼ら騎士が守るのだとしても、ベーゼ一体に遅れを取る程度の実力じゃ、長旅になるだろうこの先の道のりを行くのはとてもじゃないが現実的だとは思えない。
「それは、コイツを使うんすよ」
そう言ってルークは腰に携帯しているバッグから一枚の紙を自慢げに取り出す。
「そいつは?」
「転移魔法が記された巻物っす。これを使えばあっという間に任意の場所に飛べるっていう優れ物なんすけど、まあ一つ難点があるとすればマーキングした場所一個にしか飛べないってことくらいですかね」
「へえ、そんなすごいもんがあるんだな」
魔法自体は先ほどテッカードが治癒の魔法をルークに施していたため初めて見るというわけではないが、これまで関わったことのない超技術ではあるためどんなものでも新鮮な感覚だ。
そう素直に感心しているカイにテッカードが付け足す。
「王国魔術師の遺した産物の一つだ。十年前以前はもっと使い勝手のいいものが数多くあったのだが、今となってはこの有様だ。まあともかく、これを使って王国へと行く。……思い残すことはもうないか?」
王国へと転移すれば、それからしばらくは途方もなく長い旅路になる。滅んでしまったとはいえ、たくさんの思い出がある故郷にしばらく帰ってこれなくなるからと気を遣っているのだろう。
「……ああ、もう十分だ」
しかし、カイは十年前のあの夜、既に精算は済ませていた。
とっくの昔に彼らとの思い出に浸ることはやめていた。
もう嫌というほど悲しみに暮れる日々を繰り返していたから。
「さあ行こう。王国へ」
カイの決心のこもった一言にテッカードは頷く。
そして、転移魔法の巻物が光を宿す。輝きが徐々に力を増していき、おもわず目を瞑るほどの光がカイたちを包み込んだ。
光がだんだんと弱まり目を開ける。気がつけば、見慣れない場所に居た。
高い城壁に囲われた鋼鉄の大門。それが最初にカイが捉えたものだった。
「さあようこそ、ここが我らがリガリス王国だ」
リガリス王国。
十年前以前の世界で繁栄していた世界最大の国。あらゆる物資に溢れ、種族関係なくたくさんの人が行き交っていた。
しかし今ではその姿は完全に消え失せていた。
ドルフ村の空同様、灰色の曇天に空は覆われ重い空気が辺りに漂う。建物もほとんどが半壊し、ひらけた場所に大きなテントなどを設置し仮設住宅のような形にしている。そして何より、そこに住む生存者に、まるで気力を感じなかった。
おそらく騎士だろう人たちが食糧を提供し元気付けるため声をかけるも、力無い表情で受け取り無言で立ち去るだけ。
「ひどい有様だろう?」
憔悴しきった彼らを眺めていたカイに、横にいたテッカードが言う。
「保護され、安全は確保されているとはいえ失ったものはもう戻ってこない。彼らの心にある深い傷が治ることはもうないんだ」
その時だった。
「やめてください!」
人混みの奥から、何やら騒がしい物音が人々からの注目を集めていた。
「俺はあいつの所に行くんだ! 邪魔するなぁっ!」
目を血走らせ叫び声を上げる一人の男性。手には小さなナイフを持っていて、一人の騎士が取り押さえている。男が発していた先の言葉と照らし合わせれば、彼が何をしようとしていたのか想像に難くない。
「……ま、実際その方が楽になれるもんな」
――自殺。
生きていても、最愛の人を失った悲しみが癒えることはないし、いつか闇がその身を蝕み怪物として生きることを強制してくるかもしれない。
どう転んでも先の見えない暗闇であるならば、この世から命を絶つ方が楽だと、そう思うのも無理はないのだ。
だが、魔の王を打ち倒し世界に光をもたらすことを誓う彼ら騎士は、それを許さない。
「彼らのためにも、一刻も早く魔の王から世界を取り戻さねばならない。これ以上悲劇を見るのはたくさんだ」
それはテッカードという一人の人間としてか、王国騎士という立場としてか。
どちらなのかはカイにはわからないが、彼の中にあるカイ・フリーデとしての役割が今彼を動かしている。
「俺の最優先事項はエマの呪いの解呪だ。それさえ済めば、あとはもうどうだっていい」
「……ああ、わかっている。だから、魔の王を倒すんだ」
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