第3話 動き出す運命の歯車

 一刻を争うほどの傷を負ったルークを治癒するために、テッカードは男に連れられて村の中央部にある教会に訪れていた。

 魔法による一通りの治療を終え、ここまで助けてくれた男に向き直る。

「まずは助けてくれたこと心から感謝する。私の名はテッカード。あそこで寝ているのはルーク。本当は我々が助太刀に来たはずだったのだが、力及ばずお恥ずかしい限りだ」

 面目ないとでも言うテッカードに男は首を振る。

「あそこで死なれて怪物が増えても面倒だっただけだ。それで話を戻すがあんたらは何者だ? 見たところ命知らずの賊って訳じゃなさそうだが」

 無精髭に触れてこちらに訝しむ視線を送る男に、テッカードは堂々とした振る舞いで対応する。

「我々は王国から派遣されてきた騎士だ」

「王国? てっきり滅びたものだとばかり思っていたが」

「王国と言っても十年前以前ほどの力があるわけじゃない。名ばかりのハリボテさ」

 実際、十年前に魔の王率いる闇の軍勢と熾烈な争いを繰り返していた時と比べれば、今ではもう見る影もないほどに衰退してしまっている。

「……それで、その騎士様が一体どんな要件でこんな辺境に?」

「ああ。我々王国は十年前のあの日から生存者を保護しつつ魔の王に対抗するための戦力を集めている。そんな時に、果てにある滅びた村に魔物やベーゼを殺して回る亡霊がいるという情報を受けて我々が派遣されたんだ」

「ハッ、亡霊ね」

 男は鼻で笑う。

「悪いが力になれそうにない。他を当たってくれ」

「なぜ⁉︎ 我々王国騎士が二人がかりでも敵わなかったベーゼを相手にし、君はたった一人でやつを刺身にしてみせた。それほどの実力があるなら――」

 言いかけたテッカードに男が言葉を被せる。

「あるなら世界を救えると? 無茶言うな。十年前のあの日世界は闇に包まれた。つまり、魔の王との戦いに勇者は敗れたんだろ? 人類最強の勇者が負けて、ただの村人が勝てる道理がない」

「……ッ、しかし」

 それでも食い下がるテッカードに男はため息をつく。

「ついてこい」

 そう言って男は奥の部屋へと消えてゆく。一体なんだと訝しむテッカードだったが、少なくとも話ができる状態ではあるらしいので、黙ってついて行くことにした。

 そして中に入るとそこにはベッドに横たわる一人の女の子がいた。

 男は優しい表情でその少女を見つめていた。

「その子は?」

「俺の婚約者だ。名前はエマ。十年前のあの日に突然こうなってそれっきりさ」

 煌々と燃える松明の火に少女の可愛らしい顔が照らされる。

「随分と幼く見えるが?」

「当時十八歳、十年前からまるっきり姿が変わっていないんだ。俺は髭がちょいちょい生えたおっさんになっちまったってのにな。不思議なもんだろ?」

 苦笑する男の表情にはどこか寂しさが滲み出ていて。十年前の悲劇がなければきっと今頃は子宝にも恵まれて幸せな時を過ごしていたのだろう。だがそれも、もう手に入れることの叶わなかった未来予想図の一つにすぎない。

「言っとくが俺だって、世界を滅茶苦茶にして俺から何もかもを奪った奴をぶっ殺してやりたいと思っていたさ。しかし十年も経てば己の無力さを痛いほど理解できる。何も守れなかった俺じゃ、魔の王の野郎をぶっ殺すなんて夢のまた夢だって、そう気持ちが冷めてくもんだ」

 彼の目に映るのは、あの炎の夜の出来事。掴み取った幸せが、これからも続いて行くのだと信じていた明日が、たった一晩で何もかも消え去った。唯一残ったのは、己への無力感と未だ眠り続けている婚約者だけ。

 この終わってしまった世界ではありふれた悲劇が、彼の心を打ちのめしてしまっていた。

 そして男はテッカードの方を向き、瞳を見つめて言った。

「俺じゃ、どうすることもできない。わざわざ来てもらって悪いが、帰ってくれ」

 その時だった。

 教会の外でとてつもない爆発音がし、教会を揺らすほどの地響きを起こす。

「な、なんだ⁉︎」

「怪物……アンタが言うところのベーゼってやつが活動を再開した」

「! だが、ヤツはたしかに――」

「王国から来たって割には何も知らないんだな。奴らはどれだけ小さく切り刻もうと、すり潰されようと核が無事なら時間を要するが再生する」

「……ッ、ベーゼにそんな特性があるなんて情報は……」

「なら研究が足りなかったんだろう。俺は奴を殺しに行く。アンタは荷物まとめて帰る支度でもしておいてくれ」

 そう言い残し男はこの場を去ろうとする。

 どうすれば助力してもらえるのか。彼の心を動かす切り札を、テッカードは脳を回し必死に考える。

 そして――、

「彼女が目覚めない理由、それは呪いだ」

 男はピクリと肩を震わせて足を止める。

「何……?」

「数年前から王国でも確認されている『眠り姫』の呪い。魔の王が世界に解き放った闇に魂が侵され、まるで死んだように眠り続けるというものだ」

「助ける方法はあるのか⁉︎」

 目の色を変えて詰め寄り銀髪の騎士の肩を乱雑に掴む男に、テッカードは申し訳なさそうに首を横に振る。

「今の所、呪いを解く方法は分かっていない」

「……だったら」

 しかし、とテッカードは付け足す。

「一つだけ、方法はある。元凶である魔の王を滅ぼす。それが今できる唯一の呪いの解呪方法だ」

 かつての英雄たちが力を合わせても成し得なかった偉業。世界を破滅に導いた存在を殺すという無理難題が、婚約者を助けるためにできる唯一の方法。

 それを聞いた男は、視線を落とし俯く。彼の心情は、テッカードにはわからない。判明した希望の光が不可能に近しい所業だと知り絶望したのか――、

「……カイ」

「え?」

 返ってきたのはその一言。その言葉の意味がわかっていないテッカードに、男は再び口を開く。

「カイ・フリーデ。俺の名前だ。これから命を預ける仲間には名前の一つでも知っておいてもらわなきゃな」

「じゃ、じゃあ!」

「ああ。エマの呪いを解くためだ。魔の王を滅ぼすために力を貸す」

 

 カイ・フリーデ。

 十年前に全てを失い絶望に打ちひしがれた男が、最愛の人のために今、立ち上がった。

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