第2話 滅びた村の亡霊
灰色の曇天が世界を覆い、真っ白い雪が荒廃した大地に静かに落ちてゆく。
地面に着いては弾け、着いては弾ける。決して積もることのない雪のように見えるそれは魔素の塊。魔力と呼ばれる力の原素が高い密度で自然圧縮されたもの。魔素は密度が高くなるほど毒性を増す。つまり、魔素雪が降り注ぐこの辺り一帯の土地は生物が死に絶える死地と化していた。
そんな土地にやってきた二人の招かれざる客。二人とも最低限の軽装に剣と盾を背負った見るからに騎士の装い。
片方の若い茶髪が気だるそうに、もう一人の銀髪の男に話しかける。
「テッカード隊長、まだつかないんですか? ここの空気どんどん重くなっていってる気がして嫌なんですけど……」
「そう言うなルーク。行商人から得た情報ではあと少しのはずだ」
「『滅びた村の亡霊』……。そんなものほんとにいるんですかね? いたとして、仲間になってくれる保証はどこにもないじゃないですか」
「その時はその時さ。……ほら、見えてきたぞ」
丘の上に立ち、滅んでしまった名も知らぬ村を見下ろす。
焦土と化したその村には焼け焦げた家々しか残っていない。十年前に各地で起きた悲劇がここでも起きていたのだろうと想像に難くない。
さらに、まるで光に群がる羽虫のように、無数の魔物が滅びた村に押し寄せていた。
「うっへえ……あんなたくさんの魔物なかなか見ないですよ」
「ああ。それに『ベーゼ』も何体かいるな」
ベーゼ。十年前に突如世界に蔓延した闇により変貌してしまった人間の総称。彼らは基本的に四メートル弱の巨体を誇っているため、遠目からでもその存在は確認できる。
「ええ。見えている限りだと四体。もし例の亡霊さんがいたとするなら、ありゃもう確実に死んでますね。仕方ないですし帰りましょっか」
そう言って帰ろうとするルークの肩をテッカードが掴み引き留める。
「いや待て。……あれを見てみろ」
「……ベーゼが、倒れている……?」
それが意味することを理解できないほど、二人の頭は抜けていない。
「ああ。例の亡霊は生きているんだ。助けに行くぞ」
全速力で廃村へと向かった二人は、続々と集まってくる魔物を蹴散らしながら駆け抜ける。そして到着した二人は、ベーゼと対峙した。
四メートルはくだらない巨体。ブヨブヨの皮膚に、まるで生き物の血と肉を無理やりくっつけたように膨れ上がった左腕。
裂けるほどの大きな口がニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、目のない顔で二人の騎士を捉えた。
「――――」
「――――」
ルーク、テッカードは同時に散らばりそれぞれ別方向から攻撃を仕掛ける。
ベーゼには見た目通り視覚という概念は存在していない。基本的には対象の魔力反応や生体反応で判別し、行動する。ゆえに、二人が取った別角度からの攻撃という手は理に適っている。こうすれば一方は確実に攻撃を通せるし相手せずに済む。
ルークは崩れた屋根を土台に跳ね上がり、抜いた剣で頭部に渾身の一撃を叩き込む。しかし、ベーゼは強靭な左腕でそれを防いでいた。
「チッ、やっぱそう簡単に刃は通らないか」
見た目以上に硬度のある腕に剣刃は遮られ大したダメージを与えられていない。そのことに舌打ちをしたルークだったが、直後その頬を吊り上げた。
「隊長!」
その声は、ベーゼの背後に回っていた銀髪の騎士へと向けられている。
「任せろ――『ドーンフェルゼン』」
短く唱えられたその直後、地面が動き出し強靭な槍と化した大地が隙を晒している怪物に容赦なく突き刺さる。
魔法――魔力を用いて世界に干渉する術。テッカードが使ったのは地面に魔力を流すことで硬度を跳ね上げ、鋭利な刃を生み出し対象へと突き刺す魔法。
自らの巨体を貫かれたベーゼは、断末魔を上げて、そのままだらんと力なく腕が降ろされた。
「おおっとっと。……さすが隊長。ナイスっす」
差し出された拳にテッカードは自らの拳を合わせる。
「お前もな。さ、早く次に行くぞ」
「はいっす……」
その時だった。
ルークの体が横にへし曲がり、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
「ルーク!」
そう。
ベーゼは、死んでなどいなかった。大地の槍を無理やりへし折り、体内に残ったままやつは動き出していた。
「くっ……どうして」
テッカードは決して己の実力を過信していたわけでも、驕っていたわけでもない。十年前のあの日から、そういう僅かな油断をするものから死んでいくのだと嫌なくらいに学んできていたからだ。
だが、彼らは知らなかった。この地にのみある濃い闇によって力を得た魔は、他とは一線を画する。
「私の魔法を、吸収している……⁉︎」
ベーゼに突き刺さったままの岩槍。それはみるみるうちに消失していき、無数の巨大な風穴が残る。かと思えば、肉を埋めるように再生を始めた。
「キィィエヤハハハハハアッ!」
耳をつんざく高笑いと共に、ベーゼは強力な左腕をテッカード目がけて振り下ろす。体格、重量、純粋な力の塊であるそれをまともに受けては致命傷は必至。後ろに大きく飛んでそれを回避したテッカードは、再び魔法を詠唱する。
「――『エルデワンド』」
地面が競り上がりベーゼを取り囲むように壁が形成される。これならばしばらくは時間が稼げるだろうし、吹き飛ばされたルークを連れてこの場を離脱できる。
とはいえ稼げても数秒。急いでルークの元に駆けつけたテッカードは、血だらけのルークに治癒の魔法を施す。
「すみません……完全に油断してました」
「いいや、あれは私のミスだ。確実に頭を潰しておくべきだった」
動ける程度の最低限の治癒を済ませて、ルークは立ち上がる。
「あいつはここで倒しましょう」
やられた分やり返さなければというように息巻くルークに、テッカードは首を横に振った。
「いいや。このまま退避し、亡霊を探し出す」
「何言ってんですか隊長! あいつの強さ見たでしょう⁉︎ まともな攻撃じゃすぐ復活してしまう。俺たちで無理なら、単独でいるであろうその亡霊もきっともうとっくにくたばってますよ!」
頭に血が上っているのか、ルークはさらに声を荒げて言った。
「だいたい! あんたがあそこでヘマしなきゃこんなことになんてならなかったんじゃないんですか⁉︎ ……俺は行きます。あいつをぶっ殺さなきゃ気が済まねえ」
普段のルークであれば素直にテッカードの指示に応じ、この場を離脱、作戦を遂行するはずだった。この状況はあまりにもおかしいと、違和感を抱かずにはいられない。
「お前、どうし」
その時だった。
「ヘヘェエア」
二人を見下ろす巨大な黒い影。ベーゼはとっくに、テッカードの魔法から抜け出していた。
「う、うぁあああああ!」
叫び声を吐きながらルークは剣を持って飛びかかる。
戦略も何もあったようなものじゃない、恐怖によって消動的に体が動き出していて、直線的なその動きはいとも容易くベーゼの左腕に捕らえられた。ミシミシと体が潰されていく痛々しい音がテッカードの耳に届く。
「ルーク……!」
このままでは部下が殺されてしまう。助けなければ、そう頭では分かっているが体が言うことを聞かない。
「キェ?」
間抜けな声を出したベーゼ。直後、体の中心から真っ二つに断たれた。
何が起きたのかわからないテッカード。そして、彼の視線は倒れたベーゼの上に立つ男に向けられていた。
「誰だあんたら」
世界が終わりを迎えてから十年の時が経った。世界を闇が閉ざし、無数の命が無慈悲にも散っていった。
しかし、目の前に立つこの男が、滅びた村の亡霊が、いずれ世界に光をもたらし、救う存在になり得るのだと、テッカードはそう確信した。
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