第33話 エンジェルシスターズ

「優可ちん、あの子をどうするつもりなの?」

 悠に振り払われて尻餅をついた有井を助け起こしながら、七瀬がぽつりと聞いた。


「また襲われたら、私、今度こそ本気で殺しちゃうよ?」


 有井はくすりと笑う。

「七ちゃんは優しいですね。再び襲われない限り、手を出さないと言うんでしょう」


「ええ? だって、あの子は殺せないじゃない」


「そうですね。悠さんはむやみに殺せない。悠さんは『悪』じゃありませんから。正当防衛でもないと殺せない――自分で気付いてないみたいですけどね」


「そうよ。あんなかわいい顔して私の《病院》を破っちゃうんだから……末恐ろしいなぁ。むしろ、子供だからこその強さなもかもしれないけどね」


「七ちゃん、それ、なんか突飛なことでもしようとしたんじゃないですか? 注射を打つくらいなら、《病院》が否定されることはないですよね。あまりにあり得ないことをしようとしたんじゃないですか?」


「さ、さぁ? 何のことだろう?」

 七瀬の視線がそっぽを向く。


(分かりやすい人ですね……)


 有井はふっと慈愛の表情を湛えて七瀬を抱きしめた。格好的には、抱きついているみたいになってしまうけど。


「優可ちん?」


「怖かったでしょう、七ちゃん。私が癒してあげますよ」

 なんて。

 本当は、そんな必要があんまりないことくらい分かっている。

 でも、癒したいんだからしょうがない。


「……うん。ありがと」

 二人はきゅーっと抱きしめ合い、互いの首筋に顔をうずめた。

 癒しているはずだけど、癒されている。

 そんな、心地よい感覚。


「大丈夫だよ」

 七瀬が有井の背中をなでた。


「ユウくんは、優可ちん本人が憎くて突き飛ばしたんじゃない。殺し屋が憎んでいるのは、概念持ちタイトルホルダーそのものだから。殺し屋という組織が、萌義党という団体を憎んでいるだけなんだから。

 ユウくん自身が、優可ちん個人を嫌ってるわけじゃないよ、きっと」

 優しい声を、間近で聞く。


「……はい。やっぱり七ちゃんは、優しい、です」


「優可ちんには敵わないよー」

 くすぐったそうに笑う七瀬。


「こうしていると、本当の姉妹みたいです。エンジェルシスターズとはよく言ったものです」


「えっ、まだ言ってるの、それ?」


「なんですか。いいじゃないですか」

 むぅ、と有井はふくれた。


「そりゃさ、確かに《ナース》は別称《白衣の天使》だけど、それで純粋な《天使》の優可ちんと肩を並べて、エンジェルの名を冠しちゃうのは気が引けるんですけど。そもそも、エンジェルシスターズって優可ちんが言ってるだけじゃない」


「でも、かっこよくないですか、エンジェルシスターズ」


「あはは。ダサいとは言えない雰囲気」

 乾いた笑い。七瀬が浮かべたそれは一見失笑のようにもとれるが、そんなはずはないと有井は思う。


 七瀬は続けた。

「だけど、私の妹は優可ちん一人ってわけじゃないんだよ?」


「えっ。誰ですか?」


 七瀬は有井のおでこをこつん、と小突いて言う。

「だから《妹》。みんなの《妹》で、私の《妹》で、あなたの《妹》の、まりっぺよ」


「……毬音まりねちゃん」


《妹》の毬音ちゃん――。


(そうだ、彼女なら)

 有井はそれに、思い当たる。


(悠さんに、殺しを諦めるよう口で言っても聞いてくれない。悠さん自身の本心を分かってもらえない。それだけ殺しへの執着があり、私たちを許せないという思いは強い)


 今までは、《天使》の自分に萌えてもらうことで殺人への意欲を失わせようと思っていた。


(だけど、むしろ悠さんは殺しに気を取られているから、萌えられないのでは?)


 有井は、そう思い至る。


(それなら、どうする? どうすればいい——?)


 どうやって、悠に、悠が本当は殺しを望んでいないのだと悟らせる?


 ――その答えに。

 有井はたどり着く。


(でも、そう、《妹》である毬音ちゃんなら)


 悠の、家族を殺した萌義党への憎しみは深すぎる。

 なら、そうだ。


(家族への愛情を持っているのなら、悠さんに、妹は殺せない――)


 実の妹を喪った人間が《妹》を受け入れるのか否か。

 頑なに認めようとしないのか。喜んで代替とするのか。


 それは、今は問題ではない。

 残酷なまでに問題ではない。


 ここで大事なのは、ただ一点―――

 悠は、妹を殺すのを確実に躊躇うということだ。


 ふふ、と有井は静かに笑う。

 どこまでも可憐な、天使の笑みで。


 かくして《天使》有井優可は。

 この時、《妹》緋本ひもと毬音に協力を仰ぐことにした。

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