第13話
目前までやってきた
僕がいる遺跡の中には入ってこない。見えないバリアでも張られているかのように、一定の距離を保っていた。
「あなたも仲間なんですね」
聞くまでもないことであったが、聞かないわけにはいかなかった。
真子さんの機械的な顔が、縦に動いた。その
そして、僕の瞳とも一緒なのだろう。
「そこから出ていただけませんか」
「……入ってくればいいじゃないですか」
「入れないのです。そこにいるとされているのは、ワタシどもが信仰している神様とは違います」
「虹色の光を放つ――」
「そう、右京さんは言われていましたね」
「本当に神様なんているの」
「あなたは、あの儀式を見たのでしょう? それならわかるはずです」
「…………」
これこそ、聞くまでもないことだった。あのような奇妙な生命体がいるのだから、それらが信仰している神様もいてもおかしくはない。
それに、僕は神谷木市での一件で、類似した存在を目にしたではないか。
ヒトを食べる
手に口を有した人間。
はるか
転校生のかたちをしたバケモノと、幼なじみのかたちをしたバケモノの戦い……。
だとしたら、神様くらいいてもおかしくはなかった。
でも、それらは個別の存在として――裏で糸をひいていた存在はいたとしても――ふるまっていた。
こんな感じで、信仰の対象になっているのは、はじめてだった。
「僕を追いかけるのはどうして」
「秘密を知ってしまったよそ者には死を――それが、掟です」
「僕は一応平家の人間のはずです」
「お母様が認めていませんので。島を勝手に出ていったやつだと」
「でも、前に来たときは」
「その時は、アナタはワタシたちと同じでしたから」
真子さんは周囲の――僕からは見えない場所にいる――仲間たちを見るように顔をうごかした。
――ですが。
その整った顔にはじめて、戸惑いという感情が浮かんだ。
「今のアナタは、ワタシたちとは違います。なにがあったのですか」
「死んで、生き返っただけだよ」
それ以上の説明は、僕にはできなかった。僕だって、そうしてくれた幼なじみから聞いたわけじゃない。
ただ、この体に宿る、神様の
僕の言葉に、真子さんは首をかしげていた。
「意味がわかりません」
「ごめん。僕にも、よくわかってないんだ」
「しかし、アナタがほかの神によって変わってしまったことは理解しました」
真子さんは、傘を持ってない方の手を、懐へと突っ込む。
次に出てきた時、その手に握られていたのは、黒光りする拳銃だった。
そのツヤのない銃口が僕へと向く。
「やはりあなたには死んでもらうしかありません」
彼女の目は、瞳孔が開いていた。魚のように。
僕が何かを言うよりもはやく、銃声が鳴りひびいた。
パーンと、風船が弾けるような、徒競走のスタートの合図のような乾いた音が、濡れた夜に響いた。
それを僕は耳で理解する。
銃口から滑り出てくる弾丸がはっきりと見えた。空気を振動させながら、僕の心臓めがけて
秒速300メートルでやってくる弾丸が、なぜか見えていた。
その
霧雨を吹き飛ばしていくそれは、見えざる神の拳。
そして、銃弾がどこかへと飛んでいったあとに残されたのは、発砲音と突風のような一陣の強い風だけであった。
驚いたように、真子さんの目が見ひらかれる。
「どうして――」
僕にも何が起きたのかわからなかった。
背後の遺跡から、何か圧迫感めいたものを感じずにはいられない。
その大いなるもののオーラとも言うべき重圧は、遺跡のさらに後方、斜面の中から生まれてきているようである。
――そこから何かが出ようとしている。
どうして、そう思えるのか。たびたび降ってくる予感めいたものが、どこからやってきているものなのか、今ならわかる。
それは背後にいる、
つまり、ここにいる神と僕を生き返らせた神は、同一の存在。
時と空間を支配する神様が、その姿を表そうとしている。
木々が揺れる。それは吹き荒れる風によるものではない。地面が揺れているのだ。島が身じろぎするように、ゆさゆさと。
どよめきが周囲で起きる。
揺れの中でも直立していた真子さんも、
「なにが」
と困惑したような言葉を発していた。
揺れは次第に強くなっていく。門を叩く音が強くなっていくように。お腹の中の子が出口を目指して進んでいくかのように。
その地震みたいな揺れの中であっても、遺跡はびくともしていない。祖父が言っていたことは正しかったのかもしれなかった。これは、人類がつくったものではないってことだ。
遺跡は僕がいるものだけではなく、ほかにもあり、そこから今まさに、何かが出てこようとしている。
ごうっと、ひときわ大きく地面が揺れた。
山が吹き飛ぶような衝撃。
舞い上がる土煙のなかに、いくつもの物体が飛びあがっているのが見えた。それは人型であったり、化け物であったり。
だが何よりも、濃密な闇におおわれていたにもかかわらず、それを知覚することができたのは、辺りが光に包まれていたからだ。
空をオーロラにも似た光が覆いつくしている。
七色に輝く泡のような存在。
それが、有久島の地中から飛びだしたのだ。
明るくなった空を、ヒトは、ヒトじゃないやつらは見上げた。
それは僕も、真子さんでさえ同じだった。
そのゆらめくシャボン玉のような存在は、絶えず形を変えながら、夜の闇に浮かんでいる。玉虫色の球と球とがぶつかり、合体して、大きなものになったかと思えば、分裂するものもある。油でできた砂時計のようだ。
「全にして一なるもの……」
真子さんがポツリと呟いた言葉。その単語に、頭の中がざわついた。言葉だけなのに、脳の裏側をなぞられたみたいに不気味な怖気が走った。
ライオンと聞いて、怖気が走るような。あるいは、高いところから飛び降りたくなるような感覚。
頭上の光の集合体は、物憂げに揺らめいていたものの、ふいに、急降下する。それはさながらキャトルミューティレーションのように、人影に接近したかと思えば、体当たりをかます。
瞬間、そこにいた人影は消滅した。
ヒトだけではない、幻想的な光へと銛を投げていた軟体生物も音もなくきえる。衝突した樹も地面も、スプーンで削り取られたようになくなった。
その光は、数を増していく。空は今や、日中かと思ってしまうほどに光り輝いている。七色のひかりは降り注ぎ、島を、底に存在する生きとし生けるものを飲みこんでいく。
それを、呆然と見上げることしかできない僕たちへと、その光は近づいてくる。
隣の真子さんは、機械的に拳銃を空へと向け、連射する。発砲音が六回鳴りひびいたが、光のバブルはブクブク泡立つばかり。
そのうち、真子さんは光に飲まれて消えた。その最期の表情は、どこか
僕も例外ではない。
まもなく、光に包まれる。重油のような七色の泡は、本来は忌避すべきものなのだろう。
しかし、僕はそれに触れられることが喜ばしいもののように感じられてならない。
少なくとも、僕の中に宿る一部は、歓喜していた。
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