第11話
目を覚ませば、一面、ヒマワリ畑だった。
突然、脚に痛みが走る。見れば、目の前に少女が立っていて、その子に蹴られたらしかった。
ぼんやりと滲む目を凝らす。なんだ、幼なじみじゃないか。
――いや、違う。
幼なじみそっくりの子だった。
名前はコクヤ。
彼女は目をこれでもかと釣り上げ、僕のことを睨みつけていた。
「おい、バカ」
開口一番飛んでくるのは、バラのトゲより鋭い言葉。
「なんてことに首突っ込んでんだ」
「だって気になったし」
周囲をキョロキョロと見回す。先ほどまでの夜が嘘のように明るい。見上げれば、どこまでも続く青空と太陽が見えた。
「夢……?」
「そうともいう」
「別の言い方があるの」
「幻夢境あるいはドリーム――んなことはどうでもいいんだよ! お前、自分が置かれている状況がわかってんのか」
「夢の中でコクヤと話をしてる」
「そうだが、そうじゃねえ! 現実での話をしてんだ」
現実。
考えれば、体中が痛んだ。
自分の姿をみたら、キズだらけ泥だらけだった。
ぽたぽたとしずくが垂れて、足元に広がるヒマワリにぴちょんと落ちた。
「僕は
「そうだ。なんちゃらっつう使役動物に襲われようとしてる」
頭の中によみがえるのは、奇怪な鳥の鳴き声を発する軟体生物。禍々しいスライムもどき。
「使役動物なんだ、あれ……」
「ああ、大昔に来たやつらがつくった生命体さ。だが、なぜか深海のやつらも仲間にしてんだ。で、秘密を知ったお前を狙ってる」
「秘密」
「秘密の儀式だな。神に、自らの子どもが神の使いになったことを伝える儀式ってとこか」
神の使い。
環状列石の中で、ヒトから逸脱していくヒト。
サカナとニンゲンとを混ぜ合わせたようなアイツらが、神の使いだとしたら、その神様はよほど醜悪な見た目をしているに違いない。
と思っていたら、コクヤが笑いだした。彼女は僕の考えていることがわかるらしい。
「なんで笑ってるのさ」
「それ言ったら、アイツらぶちぎれるぜ」
「コクヤも?」
「当然。ぺしゃんこにして肥料にしてやる。――じゃなくてだな!」
そのヤギのような瞳は、僕に対する怒りでいっぱいだった。だが、その怒りも、呆れたようなため息で霧散していく。
「殺されるかもしれねえんだぞっ!!」
「だって、おじいちゃんが何を掴んでいたのか知りたかったんだよ。お母さんがどういう存在だったのかも」
「……で、なにがわかった」
ため息交じりに、コクヤは言う。
僕は話そうか迷って、結局は自分自身の境遇についてわかっていることを話すことにした。
さっき考えを読まれた通り、彼女に隠しごとをしても意味がない。
「たぶん、僕はアイツらの仲間だったんだと思う」
祖父が手帳に記していた言葉を信用するならば、そういうことになるだろう。あの、気色悪い魚人の仲間だってことは、イヤだったが。
「でも、お前は人間だぞ」
「それは、生き返ったからだと思う」
僕はいろいろあって、一度死んでいるらしい。「らしい」っていうのは、僕に死んだという記憶が一切ないから。
「なるほど、再構成されたから、変異するもなかったというわけか」
「たぶん……」
「それか、お前に宿る神様の力のせいか」
僕を生き返らせたのは神様らしい。その際に、その神様の力が僕の身に流れ込んだ。もっとも、そう言っているのはコクヤだけで、本当のところはどうだか知らない。
でも、未来を夢に見せつけられることだったり、空間をワープしたことだってあったし、信じないわけにはいかなかった。
「いや、案外その可能性はあるのか……?」
「え、なんの話」
「その島、もしかしたら、お前のからだに宿る力の源があるかもしれねえ」
「どういうこと?」
「島のどっかに、なんかあるはずだ。おまえが見たような、儀式をやりそうな――」
不意に、コクヤは口を閉ざした。
一瞬にしてこわばったその顔が、ぎゅるんと横を向く。
そっちには砂丘があった。だが、その砂丘は今やブルーの津波に覆われている。
充満する潮の香り。
遠くに見えるあれは、タコか――それにしては入道雲みたいに大きく黒々としていた。
足元を潮水が浸していく。ヒマワリが濡れ、もだえるように揺れる。
「ちっ。もう時間か」
「時間って」
「アイツらの信じてる神様が邪魔してきてんだ。そういうの得意なんだよ」
僕には理解できなかった。それでも、アイツらの神様っていうのが、あのタコを高層ビル並みに大きくした、忌むべき生命体であることはなんとなくわかった。
それが、のそのそと近づいてくる。水はもう、僕の首元まで迫っていた。
「とにかく、探せ。死にたくなかったら」
その言葉を最後に、夢は
僕が意識を取り戻したとき、あたりからは雨の音しか聞こえなかった。
からだを起こそうとすると、全身に鈍痛が走った。力も入らず、そのままの態勢で見回せば、僕は斜面に空いた穴にすっぽりと埋まっているらしかった。
少しして、何が起きたのかをぼんやりと思いだした。
斜面をかけているときに、足を滑らせて転倒したのだ。それで、この穴に入りこんでしまったらしい。
下の方では、いまいましい鳴き声がこだましていた。だが、吐き気を催す臭気を宿した化け物は、少なくともこの近くにはいないらしかった。
ふうと息をつく。
体は重たかったが、夢を見ていたからか、少しは回復しているような気もする。
「そうだ――夢」
夢の中の出来事を、僕ははっきりと覚えていた。
――儀式がありそうな場所。
少女はそう言っていた。追っ手がたむろしていた、黒い岩。あれに似たものが、この島にはあると。
それがどこなのか、僕には見当がついていた。
最近見つかったという遺跡だ。
そうに違いないと、見たこともないのに直感できたのは、なぜなんだろう。
出所のわからない、予言めいたものにしたがって、その遺跡へと向かうおうと立ち上がった。
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