第5話
車に戻ると、
というか、眠ってるのか起きてるのかわからなくて、話しかけづらいんだけど。
どうしたものかと高級車の前でもじもじしていたら、
「どうでしたか」
「うわっ起きてたんですね」
真子さんの顔がこっちを向いた。青白い手がサングラスを取れば、群青色のガラス玉が僕のことを見ている。
「どうもなにも……」
それとなく視線をそらしながら、僕は言った。真子さんの
「遺跡なんてあったんですね」
「はい、いくつかは見て回ることができますし、なんでしたら現在進行形で発掘作業が行われている遺跡もあったはずです」
「そうなんだ」
「行ってみますか」
僕はちょっと考えて、お願いします、と答えた。
車が、古い舗装路を進んでいく。コンクリート製ではなく、ちゃんとしたアスファルトだけども、いくつもヒビが入っていた。
「昔、私が生まれる前にも似たような開発が行われたらしいのです」
「この道もその一環で」
僕を乗せた車は、島の沿岸沿いを走っている。窓の向こうには砂浜が見えた。
錆びついた看板には「松原海水浴場」とある。綺麗なビーチは、次第に腰を曲げた木々に覆い隠されていく。文字通り、「マツ」の原だった。
「はい。ですが、計画は失敗に終わったそうです」
砂浜は、夕日なんかよく撮れそうだ。なのに、観光客の姿はない。あるのは、遠浅の海めがけ竿を振るう釣り人の姿くらいだった。
風のざわめきがきこえるほど静かで、時が止まったみたいな空気の中を、車は駆け抜けていく。
「そういえば、今の再開発って、
「どこで――ああ、資料館でですか」
「叔母さんの名前があったので、気になって」
「隠すことでもありませんので話しますが、確かにその通りですよ」
――ほら、あれを。
ハンドルを握る
そこにはポスターが貼られている。選挙のときとかに目にする、政治家の顔が印刷されたアレだ。
そこには『
「お母様、議員ですので」
「知らなかった……」
「市議会議員だからそんなに有名ではありません」
「でも、めちゃくちゃ偉い人じゃないですか」
そりゃあ、『様』付けするのもわからないでもない。愛弓さんが島の発展のために尽力しているのなら、なおさら。
……それでも、なにかやりすぎな感じがしないでもないけど。
第一、叔母さんの子どもである真子さんまでもがそう呼ぶのは、違和感があった。
そうした事実を考えてみれば、無数に張られた愛弓さんの顔が、島民を、あるいは観光客に目を光らせているように見えて、不気味だ。
車は海岸線を沿って走る道路を抜け、山間へと入っていく。
それなのに、今走っている道路は港近辺のものと同じく、新品でひび割れていない。地べたを這いずり回ればアスファルトの臭いを堪能できそうなほどに黒かった。
反対車線には、ぶつかったらひとたまりもなさそうな大型トラックが、体に悪そうな黒煙を上げながら走る。一台二台ではない。結構な数が進行方向からやってきていた。
「トラック多いですね」
「開発中に、遺跡は見つかったみたいだから、確か」
その遺跡を避けるようにキャンプ地は建設中であり、遺跡も発掘作業が行われているらしい。だから、トラックが土砂を運んでいるのだかとか。
僕は相槌を打ちながら、一台また一台と通り過ぎていくトラックを見ていた。
トラックのドライバーは目深にヘルメットをかぶっていて、しかも手にはグローブをつけていた。日に焼けるのを恐れているかのような完全装備だった。
「この辺って日焼けとかって強いんですか」
「そんなこと、ないと思うけれども」
「ですよねー」
そんな会話を行っている間に、進行方向に分岐が見えてくる。まっすぐと右へと登っていく道。トラックはまっすぐからレミングスのようにやってきている。まったく車も人気もない方へと、真子さんは右折していく。
片側一車線の道路は、一つとなる。空は木々に覆われ、あたりは薄暗くなる。すっくと伸びた木々の間から、バケモノでも飛び出してきそうな雰囲気があって、思わず唾を飲み込む。
前方に、人影が見えたのは、突然のこと。
赤い棒を持った人物が大きくなってきて、車はゆるやかに減速した。
車が停車すれば、その人が運転席へと駆け寄ってくる。ウィーンと窓ガラスが下がり、真子さんとその人とが何やら話をし始めた。二人の声は低く小さく、木々の擦れあう音、唸るエンジン音に紛れて、僕にはよく聞こえなかった。
何事かを話し、帽子を目深にかぶった人物。肌を極端に隠した――顔さえもその半分以上がタオルによっておおわれている――彼もしくは彼女は何度か頷き、首を振った。
否が応でも、瞳に目が向く。
青い、青い瞳。ひらっきぱなしの瞳孔がやけに印象的だ。
見ているだけで狂気の渦にでも飲み込まれそうな気がして、僕は目をそらす。
車が向いている方向には、いくつかの三角コーンで簡易的なバリケードができていた。この先遺跡発掘中につき、関係者以外立ち入り禁止という金属製の立て看板がそばに置かれている。
「Q帝国大学……」
祖父が所属していた大学名だったはずだ。僕でも聞いたことがあるくらい有名な大学である。
しかし――。
ちらりと警備員らしき人物へと目を向ける。その人物から発せられる雰囲気は、腐った魚のように澱んでいて、不快に思えてならなかった。
しばらくすれば、会話が終わったらしく、その人物は離れていく。窓が上がっていき、不吉な空気が締め出された。
「ダメだった」
「入るのがってことですか」
「部外者は立ち入り禁止らしい」
そう言うなり、真子さんは車をバックさせ始めた。
「ほかに行きたいところがあるなら、案内するけれど」
僕はご相伴にあやかることにした。
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