五話


 明言されたところでまったく意図が汲み取れず、ヴィルヘルムの表情はますます険しくなった。


 「何の目的でそんなことを」


 賢者の問いかけに、再び作り物のような微笑を貼り付けた長が答える。


 「貴殿にとってはこれまでの会合は無益なものだったでしょうが、我々にとっては大変有意義な時間でした。一見他愛のない会話の中に、貴殿の考えだけでなく為人ひととなりも垣間見える」


 相変わらず発言の意図をはかりかね、ヴィルヘルムは怪訝けげんな顔をする。


 それが世継ぎを作ることと何の関係があるというのか。


 「はっきり申し上げますが、貴殿は甘い。貴殿と姻戚いんせき関係を結ぶのが目的なら、何もこんな回りくどい方法など取らず、さえ作ってしまえばそれでいいとはお思いにならなかったのですか?」


 「一体、何の話をしているのです?」


 痺れを切らしたヴィルヘルムは声を荒らげた。相対する男はやおら指を組むと、にたにたと気味の悪い笑みを溢す。


 「――あまり年頃の娘と、密室で二人きりになるものではありませんよ」


 ヴィルヘルムは目を見開いた。握り混んだ掌にじっとりと汗をかいているのを感じる。この男、まさか――。


 「ヴィオラを巻き込むつもりか」


 長の言わんとすることを咄嗟とっさに理解したヴィルヘルムは地を這うような低い声で呟く。


 ――この男の考えていることはこうだ。ヴィオラは貴族の娘だ。賢者と懇意こんいにしているその貴族の娘を何らかの方法ではらませ、子が産まれる時分になったらそれを賢者の子だと吹聴ふいちょうして回ればそれがあたかも真実であるかのように人々に思い込ませることができると、そういうわけだ。


 性質たちが悪いのは、これは淑女たるヴィオラが男と通じたことを恥じて、父親の正体を明かすことはないと踏んでの所業だということだ。彼女の自由意志に基づいて通じたのならまだいいが、清廉な彼女が、自ら進んで未婚のままその身を捧げることなどありえないと考えれば、自ずと取られる方法はひとつとなる。そして、そうなったヴィオラをかばって、ヴィルヘルムが自分が父親だと公に名乗り出ることも想定済みなのだろう。


 これが現実になれば、ヴィオラの尊厳や人格をひどく傷つけるだけでなく、最悪の場合、比喩でなく彼女は命を落とす事態になりかねない。


 (下衆げすめ――)


 ヴィルヘルムはその発想の醜悪さに心の内でそう吐き捨てた。

 しかし、それが態度に出てしまっていたのか、男の手からばちばちと音を立てて魔力が漏れ出した。――返答次第では、暴力も辞さないという心の表れである。

 だが余裕の表情で彼を見据える長は、おやおや、と両の手を開いて降伏の姿勢をみせた。


 「そう、かっかしないでいただきたい。何を想像されたか知りませんが、私はあくまでそういう荒っぽい手段をとる者がいるかもしれないと、仮定の話をしたまで。だが、そもそも我々が求めているのは姻戚関係などという小手先でどうにでもなるつまらない賞杯トロフィーなどではなく、正真正銘、賢者の血を継いだお子なのです」


 ヴィルヘルムは顔をしかめた。――本当に、随分な言い様だ。しかもこのに及んで、まだ血を継いだ子などという生々しい話をしてくるとは、一体どういう神経をしているのか。


 正直、まともに取り合いたくもなかったが、ヴィオラに何かあってはいけないと、ぐっと拳に力を込めて魔力を封じ、彼は仕方なく続きを聞くことにした。

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