四話


 ついこの間まで魔王の脅威きょういさらされていたとは思えないほど豪奢ごうしゃな屋敷の綺羅きらびやかな門をくぐり、これまたった装飾が施された立派な扉を開けば、そこには各地から集められた集落――今となっては、「街」と呼べる程度の発達を見せている――の重鎮じゅうちんたちがずらりと勢揃いしていた。


 彼等は魔王出現前に築かれた文明における「貴族」の末裔まつえいである。


 文明が崩壊し、人類が集落に分かれ細々と生活していた間も、その権威は不思議と失墜しっついすることなく今日まで続いていた。

 

 文明の時代から各地で人々を治めていた名残なごりもあり、その役目を引き続きになっていたことが理由であろう。

 

 無論、その能力の低さから集落を維持できず没落ぼつらくしたものもいるので、ここに残っているのはそれなりに能力のあった一族の子孫だということになる。


 それが、あろうことかよわい三十にも満たない若輩じゃくはいのためにこうして総立ちになって待ち構えているというのは、もちろんヴィルヘルムが救世きゅうせいの賢者であるからに他ならない。


 ヴィルヘルムとしては確かに、あの十年を戦い抜いた自信と賢者としての矜持きょうじは持ち合わせているものの、はるかに豊富な人生経験を積んでいるであろう先達せんだつたちがこうして毎度自分を歓待かんたいすることに対して、違和感をぬぐいきれずにいた。


 しかも毎度わされる会話にはまるで中身がない。


 はじめこそ、その意図をむべく様子を探っていたが、結局のところ、自分を取り込んで権力のかてにしようという思惑おもわくしか感じ取れず、ヴィルヘルムはすっかり嫌気が差していた。


 それでもこんな会合にわざわざ出向くのは、それが他でもないヴィオラの頼みだったからである。


 「本日もようこそおいでくださいました」


 重鎮たちの一人、この会合の長をつとめる男が、そう言って破顔はがんする。


 ――相変わらず胡散臭い顔だ、とヴィルヘルムは心の内で独りごちた。


 「来ないとどんな目にうかわかりませんからね」


 嫌味たっぷりに放たれた言葉を柔和にゅうわな笑顔でかわし、男は優雅な所作しょさでヴィルヘルムに中に入るよううながす。


 彼は渋々それに従い、用意された席についた。


 ヴィオラはというと、別室で待機していた。あくまで賢者の付き添い、という立ち位置らしい。


 全員が着席すると、長がさっそく話し始める。


 「ところで賢者様のご家族はご息災そくさいでいらっしゃいますか?」


 また中身のない会話が始まった、とヴィルヘルムは苦虫にがむしを噛み潰したような表情でぞんざいに答えた。


 「どうだっていいでしょう、そんなことは」


 「いいえ、大切なことです。家族はいいものですよ。にぎやかで、毎日飽きません。何より心の安寧あんねいをもたらしてくれる。貴殿きでんにもそういうり所があると良いと思ったのです」


 (――いよいよ本性を現したか)


 こんな回りくどい言い方をしているが、要は妻をめとれということだ。


 所詮しょせんは己の権力にしか興味のない俗物ぞくぶつ。当初の予想通り、自分の血族と婚姻させて賢者の名声を我が物としようとしているに過ぎない。ヴィルヘルムはそう思った。


 ――もう十分だ。これ以上彼らと話すことはない。


 ヴィルヘルムは、なお話し続けている長を遮って告げる。


 「はっきり言っておきますが、僕はこの中の誰とも姻戚いんせき関係になるつもりはありません。貴方がたの権力の象徴イコンになるくらいなら賢者の名を捨てます」


 そう言い切ると彼は重鎮たちを睨み据える。


 しかし彼らはこれを聞いても特段、動揺を見せる様子はない。


 それどころか、含み笑いをしてヴィルヘルムを見ている。


 いよいよ彼らの考えが見えなくなったヴィルヘルムは困惑を隠せなかった。


 ――賢者の威光いこうを笠に着るのが目的でないなら、自分に何をさせたいというのか?


 彼が険しい顔で思案していると、長は声を立てて笑う。


 貴族たちの態度に憮然ぶぜんとした賢者に「いや、失敬」と一言びて、男は続けた。


 「なるほど、確かにそういった様にも取れてしまう話でしたね。何、なんのことはない。世の中がようやっと平和になって貴殿の身の回りもそろそろ落ち着いてきたでしょう? そこで貴殿もそろそろ、人生の伴走者パートナーをお探しになる頃合いかと思いましてね」


 「話が見えませんね」


 自分たちとの姻戚関係を結びたいわけでもないのに、賢者の結婚相手について彼らが案じてくる理由がどこにあるのか、とヴィルヘルムは眉をひそめた。


 身の回りの世話なら、メイドでも雇えばいい。社会的な信用という点で伴侶はんりょの存在は大きいかもしれないが、賢者であるヴィルヘルムに今更そんなものが必要だとも思えないし、やはり彼らがそんなことを気に掛ける理由が思い当たらない。


 ――まさかただの親切心でこんなことを言い出しているというのか。


 相手の意図が一向に読めない不快さのもと、あからさまに苛立いらだちがにじんだ賢者を前に、長は微笑する。


 「――どうやら賢者といえど、こういった腹の探り合いはお得意ではないようだ」


 「さっきから何が言いたいのです」


 いよいよ剣呑けんのんな態度を見せるヴィルヘルムを相変わらず感情の読めない笑顔で眺めていた長だったが、やおら表情を引き締めると、眼光鋭く、賢者の赤琥珀レッドアンバーの目を射抜くように見つめた。


 「では単刀直入に申しましょう。――貴殿にはお世継ぎを、していただきたい」


 予想だにしなかった提案に面くらい、ややあってヴィルヘルムは、は、と息切れしたかのような声を漏らした。

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