四話


 アリスとヴィルヘルムはいわゆる幼馴染である。


 神に選ばれた勇者として幼い頃から特別な扱いを受けていたアリスは、村の子供達からも一目置かれる一方で、どこか線引きされ遠ざけられてもいた。


 そんな中、生まれ持っての尊大な性格とそれに見合うだけの才覚を備えた――と自負している――ヴィルヘルムだけは、他の人々と分け隔てなく彼女に接していた。彼にとってはアリスも他の子供達と変わらない、普通の女の子であったからだ。しかもアリスはヴィルヘルムの減らず口にも怯むことなく果敢に言い返してくるし、ひとたび腕っぷしを競う段になれば歯が立たない、という点において一目置いてさえいた。


 はじめは様子をうかがっていた他の子供達も、ヴィルヘルムのからかいに素直に腹を立ててやり返しているアリスの姿を見て、次第に心を開いていった。


 しかして友が増えた今も、二人はやはり誰より近くにいる、一番の親友なのだった。


***


 「あんたって賢いくせに馬鹿だよね」


 箒と塵取りを手にして舞い上がる落ち葉相手に奮闘するヴィルヘルムを眺めながら、柵にもたれ掛かって毛先を弄ぶアリスが呟く。


 「あからさまな矛盾が引っ掛かる表現だけど、言わんとしていることは理解できるから、敢えて否定はしないよ。だけど馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」


 「だから、そういう一言余計なところじゃない?」


 アリスはそう言って、憤慨するヴィルヘルムをじとっとした視線で一瞥すると、彼に近づいて箒と塵取りをその手から奪い取った。彼女の行動の意図がよくわからず、少年は首をかしげる。


 「まさかとは思うけど、変わってくれるとか?」


 「――早く終わらせないと、帰れないでしょ。さっさと別の箒と塵取り、持ってきたら?」


 そう早口に捲し立てたかと思うと、アリスはつん、とそっぽを向いて足元の落ち葉をかき集め始めた。そんな彼女の様子にヴィルヘルムは、へえ、と呟いて途端ににやにやしだす。


 「一緒に帰りたいんだ?」


 彼の言葉にアリスは勢いよく振り返った。ヴィルヘルムは咄嗟に身構えた。また余計なことを言ったものだから箒で脳天を一叩きされると思ったのだ。


 しかし、こちらを向いた彼女を見ると、少年は息を飲んで黙り込んでしまった。


 アリスの長い髪が、風に靡くたび斜陽を弾いて煌めいている。金色の光に縁取られた愛らしいその顔には、恥ずかしそうな、けれどどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。そして箒の柄を口許に添えて小首をかしげると、小鳥の囀りのような声で言う。


 「そうだよ」


 予想外のことが起こり、二の句が継げずに口をぱくぱくと開いては閉じてを繰り返すことしかできなくなってしまったヴィルヘルムは、首を振ってなんとか気を立て直し、一声、「箒取ってくる!」と叫ぶと、少女に背を向けて校舎へと一目散に駆け出した。心臓が何やら激しく脈打っている気がしたが、突発的な運動が原因だと己に言い聞かせる。


 (相手はあのアリスだ。まさかそんな、どきっとしたとか、ありえない――)

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