三話


 「――そこで生まれたのが君ってわけだね、アリス」


 「歴史の文脈に組み込まれると重圧プレッシャーで死にそうになるからやめて、ヴィル」


 そう言うと、長い金髪を勢いよく揺らして振り返ったアリスという名の少女は、青玉サファイアの瞳をきゅっ、と細め、後ろの席で頬杖をついてにやにやしている少年を睨み付けた。


 顎回りより少し上あたりで綺麗に切り揃えられた艶やかな黒髪をふわふわと震わせると、ヴィルと呼ばれた少年は赤琥珀レッドアンバーの瞳を、やはりにやにやと意地悪く歪ませて笑ってみせる。

 

 「この話、もう百遍は聞いているけれど、必ず最後に君が出てくる度に可笑しくてたまらなくなるんだよね」


 「何が可笑しいの!」


 少年の失礼な物言いに、アリスはいよいよ頭に血が昇り思わず声を荒らげた。彼は少女の態度に怯む様子もなく、相変わらず、くつくつ、と笑い声を漏らしている。かっとなったアリスはついに手にしていた分厚い書物を振り上げた――ところで、おほん、とわざとらしく大きな咳払いが前方から発せられたのが耳に入る。


 アリスは書物を振り上げた格好のまま、びくっ、と一瞬身体を震わせ、そのまま固まってしまった。そしてゼンマイ仕掛けの人形よりもぎこちない動作で前に向き直り、元の体勢に戻る。――そう、今は授業の真っ最中であった。


 教壇の上で天女のような笑みを浮かべた教師せんせいが、アリスをじっと見つめている。何故かその背後に凄まじい殺気を放った般若の姿を見た気がして、少女は思わず息を飲んだ。

 

 「――アリス、今日は居残りなさい」


 表情とは裏腹に地を這うような低い声で言い渡された死刑宣告おしおきにアリスはたまらずべそをかいた。すると一部始終を後ろから眺めていた元凶がこの様子に手を叩いて笑い転げる。一気に教室の空気が凍りついた。否、もともと凍りついていたがさらなる氷河期を迎えたというのが正しい。


 冷えきった生徒たちの視線が一斉に少年に向いた瞬間、白い光が一閃、彼の額を撃った。ぼぐっ、という鈍い音と共に白い噴煙が巻き起こる。――白い光のように見えたのは、教師が放った白墨であった。


 「痛って――!」


 「あなたは今日から一ヶ月、居残りに庭掃除です。わかったら返事なさい、ヴィルヘルム」


 少年――ヴィルヘルムは額の痛みと罰の重さに愕然とすると、こちらもべそをかくことになった。

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